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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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仕事をしよう【1】

 3日ぶりに入った洞窟風呂は快適だった。カヤはさあやがあまり構われるのが好きでないのをちゃんと理解しているので、さあやが風呂に入っている間は、声をかけられるまで入口で見張りをするのに徹してくれたし、お風呂の温度もさあや好みの少しぬるめだったのでゆっくりと入れた。ただ夕食の後、仮眠を取ってしまったので、風呂に入るのが真夜中過ぎになってしまい、カヤには申し訳なかったが。


「遅くまでごめんね、カヤ。お風呂を沸かす人にも迷惑かけちゃったわ」

「構いませんわ。それが仕事ですもの」


 カヤはちっとも気にしていないという風に笑った。だがフレイヤもつかず離れず見守ってくれているので、あまり勝手な行動は慎んだ方がいいだろう。そう言えばアルバドラスも一度も食事の時間に遅刻したことは無かった。


 皇帝の朝はどんなに眠くてもきっちり同じ時間に起こされ、どんなに寒い朝でも夜着を脱がされ、顔を洗い、2人の若い側近に髪を整えられひげをそられる。その時、多少痛くても我慢するのだそうだ。妙に騒ぎ立てると誰かの責任問題になるらしい。それから礼拝用の服に着替え、精霊神殿に朝の礼拝に行く。そして今度は食事用に服に着替え、食事の時間までおとなしく待機。(昨日はドラゴンに会いに行っていたが)


 毎日同じことの繰り返しで時々息苦しくなるが、上に立つ者が勝手な事をすると下の者達の予定が全部くるってしまい色々大変らしいのだ。それでおとなしくされるがままになっているのだと、食事の時に笑いながらルディが話していた。威張っているだけかと思ったが、結構皇帝陛下も大変なのだ。


 そんな事を考えながら歩いていると、見覚えのある道に出た。この先に確かルディの部屋があったはずだ。記憶は間違っていなかったらしく、少し行くとドラゴンの彫刻が施された重厚な両開きの扉が見えてきた。


 深夜なので彼の眠りを妨げてはいけないと思ったさあや達は静かに通り過ぎようとしたが、急に片方の扉が開いたので、驚いて足を止めた。見覚えのある薄手のドレスの女性が出て来て扉を閉めた後、少し驚いたようにさあやを見つめた。いつもアルバドラスの周りに居る5人の女官のうちの1人だ。5人の中で特に艶めいた女性だったのでさあやはよく覚えていた。


 彼女は人目をはばかるどころか、いかにも情事の後を示すかのように胸元を正すと、ニヤッと笑いながらさあやの横を通り過ぎた。女性の姿が見えなくなると、さあやは力が抜けたようにため息をついた。口ではセクハラな事ばかり言っても本当は誠実な人だと思い始めていただけに、がっかりしてしまったのだ。さあやが立ち止まったままじっと黙っているので、カヤが心配そうに顔を覗き込んだ。


「サアヤ様。あまりお気に留められませんように。殿方にはよくある事ですわ。ましてや陛下はまだ独身でいらっしゃいますし・・・・」


 あまりいい慰めの言葉が見つからず、カヤも困ったように黙り込んだ。

「大丈夫よ。私とルディは別に何の関係もないんだし。ただ少し・・・見損なっただけ」

 きりっと顔を上げると、さあやは扉の前を通り過ぎた。




 昨日のイライラが次の日まで影響する事はあまりないさあやだったが、日付けが変わっても不愉快な気分は収まらなかった。その原因を考えてみて思いついたのは“仕事をしていないから”だった。


「そうよ。盆でも正月でもないのに、こんなに長い間仕事をしていないからいけないんだわ」

 さあやは断言すると、部屋を出てアルバドラスが居そうな庭までやって来た。案の定、昨夜の女性を含む5人の女官やサーズと共に楽しそうに話しをしている。


「居たわね」


 彼に会いに来たのだが、側に寄って行くのも嫌でムッとした顔のまま立っていた。


ー サーズもサーズだわ。側近なら何か一言、言ってやればいいのに。一緒に鼻の下のばしちゃって! -


 とうとう怒りはサーズにまで及んだ。それに気づいたのか、サーズがソファーの後ろからアルバドラスの耳に囁いた。


「あの・・・。さっきからサアヤ様が何だか恐ろしい目つきで立っておられますが・・・」

「朝から機嫌が悪いのだ。昨日まで上機嫌だったのに、女子おなごはさっぱり分からん」

 実は朝食の時から一言一言がとげとげしかった。


「女官達をお下げになった方が宜しいのでは?」


 アルバドラスは小さくため息をつくと、女官たちに下がるように手を振った。昨夜の妖艶な女官が、わざとさあやの近くを通ってその豊満な胸を見せびらかすように通り過ぎた後、さあやは大きく息を吸い込んでアルバドラスの所まで歩いて来た。場の空気を和ませようとフラルが差し出した茶をにっこり笑って受け取ると、さあやはそれを一気に飲み干した。


「あー、おいしかった。ありがとう、フラル」

「は・・・はい」


 舌を火傷しなかったか聞く事も出来ない雰囲気なので、フラルは空になったカップを受け取り、ソファーの後ろまで下がって控えた。


「ルディ」

「う・・・うむ」

 今度は何を言われるのかとアルバドラスは身構えた。

「仕事をちょうだい」

「仕事?」

「そう。何でもいいわ。書類の整理でも帳簿付けでも、何でもやるわよ」


 雷のような文句を想定していただけに、意外そうな表情でアルバドラスはサーズと顔を見合わせた。事務的な事はメダが詳しいので彼にその事を伝えると、メダはちょっと考えてから書庫の整理をさあやに頼んだ。書庫の担当官は人手が手に入ったのが嬉しいらしく、喜んでさあやを小さな書庫まで案内した。ドアの鍵を開け両開きの木製のドアを開け放つと、ムッとするようなかび臭さに思わずせき込むほどだ。部屋の中に6つある机の上は全て書類の山でうずもれていた。


 小さな窓から差し込むささやかな日差しが、書庫の中に舞っているほこりを浮かび上がらせているのを見て、さあやはこの中で仕事をしていたら肺が悪くなってしまいそうだと思った。


「いくらなんでもこんなにひどい書庫は見た事がないわ。とにかく窓を開けて空気の入れ替えを。それから明かりも集めて。暗くて文字を見落とすと困るわ。それと長さを計るものと数の計算が出来る道具。あと暖房も持って来て。女性に寒さは禁物よ」


 メダが担当官にうなずくと彼はすぐに窓を開け始めた。さあやは髪を後ろに丸めてスーザからもらった髪飾りを差し込むと、きりっとした目で顔を上げた。


「さあ、お仕事モード、全開よ!」







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