2016年 2月11日「雪だるま」
沢子は、雪だるまであった。
昨夜からの大雪で、前もろくに見えない。
もしかしたら、自分はこのまま死ぬんじゃなかろうかとさえ思えた。
足を持ち上げて、必死に前へと進んだ。
傘なんて無意味で、全身ずぶ濡れであった。
防水用に、履いたズボンまで濡れている。雪は、膝の上まであった。長靴の中まで、しっかり染みていた。
セットも、何もない。髪はぐるんぐるんで、化粧も落ちている。
帰りたい。その一言に尽きる。
母の車が、途中で止まったせいであった。家から出て、ものの二分であった。雪にはまって、車が動かなくなった。あとは自分で行け、そう言い放たれ、この雪道を歩く羽目になった。
泣きべそをかきながら、駅に到着した。
誰もいない。
電車が動いているかも、よく分からない。
「徹郎……」
無意識に、彼の名を呼んだ。
ホームのベンチは、雪で埋まっていた。
いるわけねーだろ、ばーか。そんな声が、聞こえてきそうな気がした。
「もう、最悪……」
誰もいなかったので、スカートを脱いで外で絞った。黒いコートも、重たい。しかし、脱ぐと寒い。駅舎にはドアがなく、冷気が入り込む。
「帰りてぇ……」
独り言で、木造の舎内は鳴った。風邪を、引きそうだ。
電話が、鳴った。徹郎からだ。
駅にいる、と言ったら驚かれた。
「馬鹿じゃねーの?」
と、やっぱり言われた。こんな雪の日に、電車が来るわけねーだろ。
「先輩は、どこにいるんですか?」
「家ですよ」
「さぼる気ですか?」
非難した。何より、自分が寂しい。
その気持ちを、伝えたくなった。
「会いたいです」
「会いたい?」
「先輩の顔が、見たい、ということです」
少し、時間が在った。
「意味わかんねーこと言い出す奴だなぁ」
「意味はわかります」
沢子は、言った。
「先輩が好きなんです。まだ」
当然、また間ができる。
「こないだは、俺の顔が気持ちわりぃとか言ってたくせに」
「それは、事実です」
沢子は、携帯電話の縁を握り締めた。
「気持ち悪いけど、好きなんです」
「嫌い、って言ってなかったか?」
「好きじゃないとは言ってません」
くしゃみが出た。
「大丈夫かよ」
「大丈夫じゃないです。風邪引きます。本格的に」
「だぁあ……もう、待ってろ」
「待ってたら、いいことあります?」
「あるんじゃ……ないですか?」
電話は、切れた。くしゃみを、二回する。ぶるっと、体の芯で震えた。待合の、椅子に腰掛けた。
徹郎は、覚えていないだろうな、と思った。
去年の冬も、同じようにして、ここで待ちぼうけた。
二回目の、正直。
心の中で、そんな気概が湧いた。