2016年 2月4日「常套句」
「好きです、付き合ってください」
付き合ってくれ、と言われて悪い気はしない。それでも、沢子は断った。
「他に好きな人がいます。だから、付き合えません」
常套句、であった。
「誰?」
「先輩の、知らない人です」
「乃部、じゃないのか?」
「乃部? 誰です? その人」
「おまえら、地元いっしょじゃん、確か」
「知りません」
沢子は、すっとぼけた。徹郎と同じ二年生は、肩を落として去っていく。
教室に、一人残った。
髪を、後ろに束ねる。
気合いが、入るような気がする。
窓の外は、薄い、鼠色になっていた。その奥で、徹郎の教室は光っていた。まだ、いるのか、もう、帰ったのか。
今から帰れば、もしかしたら、乗換駅で会うかもしれない。
でも、会わないかもしれない。
徹郎は今、何をしているだろうか。
※
「パンケーキ、うまいな」
「そんなに、食べたかったの?」
呆れたような、間の抜けたような顔を、赤理はした。意地でも、食べたかったわけではない。
メニューであったから、頼んだだけである。学校近くのファミレスで食せるとは思っていなかった。
「これが、都会の味かね」
「そんな、大層なものかね」
口真似も板についてきた。
徹郎は、愛されている、感覚を味わう。切り分けたパンケーキを、彼女の口に運んでやった。
笑うと、えくぼができる。徹郎は、彼女の顔が好きだった。癒される。一日見ていても、恐らく飽きない。
沢子とは、真逆だった。美人、は沢子で、可愛い、は赤理。そういう気がした。
性格も、赤理の方が合っていた。
無関心で、いてくれる。
自分の心は、たぶん赤理は掴めない。
一緒にいるだけで幸せ、というタイプだ。
心は、明かさない。もう二度と、悲しい笑顔は見たくない。心は、自分だけのものだ。共有、するものではない。
「甘いものを食べた後には、しょっぱいものを食べたくなる人」
赤理が、向かいの席で、挙手を求めた。
そうでもない。
顔に、うまく出てしまった。
「私だけ、ポテト頼む」
そう言って、店員の呼び出しボタンを押した。