2016年 1月30日②「グラム単位」
「手袋、どうしたの?」
赤理が、不審そうに徹郎を見て言った。
普段、徹郎はポケットに手など入れて歩かない。気取ったことが、何より嫌いな性質のはずだった。
「貸してあげようか?」
忘れた、と思われているのだろう。徹郎は言った。
「馬鹿じゃねーよ」
市の中心街を歩いた。
地元に比べれば、何でもある。徹郎にとってみれば、都会だ。
「パンケーキ屋って、ないのかな……」
「なに、今更」
不意に呟いた言葉に、赤理が反応した。
「パンケーキ、流行ってんじゃん」
「好きなの?」
そう言って、彼女が指を絡めてきた。コートのポケットの中で、ごわごわした手袋が包み込んだ。
「あったかいでしょ?」
彼女が、嬉しそうに左下で聞いた。
徹郎は頷く。どちらかといえば、密着した体が暖かい。雪は止んで、干上がっていた。スニーカーで、軽やかに地面を蹴る。
「今日は、何時までいられるの?」
「んん……」
徹郎は考えた。
「五時から、六時に、かけて」
宿題がある。今朝取り零した、文豪の言葉にも耳を傾けたい。
「うちに、泊まってく?」
赤理が、どんでもないことを言った。
「親がね、徹郎くんに会いたいって」
「待て待て……」
付き合って、まだ一ヶ月しか経っていない。父親に、会っていきなり殴られそうな気がした。
「いや?」
これだけ密着されて、嫌とも言えない。
「今日が、いいんだ?」
「うん」
心なしか声が、甘えていた。
どうしても、今日がいいんだろうか?
見知らぬ親父に、顔を合わせるのは億劫である。
義務を負うこともまた、億劫であった。
「別れようか?」
そう喉の奥まで出かかった。
義務も、約束も好きじゃない。
果たすことは、困難である。
「お母さんに、電話していい?」
「いいよ」
心から、すうっと愛が抜けた。
くっつかれてるのも、妙だった。
「あっ、もしもし?」
歩きにくかった。嬉しそうに弾んだ声が、彼氏、と言った。彼氏、と、彼女、には、義務がある。互いを一点に愛し、見つめ合わなければならない。
見つめ合って、何が生まれるというのか。どうせ、グラム単位で量れる、愛、だ。強い風が吹けば、たちまち吹き飛ばされる。
「焼肉、だって」
「いいね」
全てが見透かされそうな、料理、である。
「うちの庭でやるんだって」
それは、バーベキューだ。
「冬だぞ」
「うちはやるよ? コンロ囲んで、ストーブ焚きながら」
「すごい、執念だな……」
「お餅も焼いたりして――」
焼肉とは何たるか。彼女の家の、バーベキューの、事情を知った。