2016年 5月8日「絶望のような希望」
夏が近い。
そう思わせた。
小説に集中できない。
暑さのせいか。
それとも、沢子がいなくなったせいなのか。
そうだ。
そうに違いない。
徹郎は、思った。
一人、遅刻。
電車待ち。
読書タイム。
携帯の画面が、切り替わった。
邪魔。
でも、嬉しかった。
「また遅刻?」
沢子がそう言った。
「ごめん」
と、徹郎は言う。
「切っていい?」
騒がしい音が聞こえた。
もどかしい。
駅のホームらしかった。
少しして。
「あと五分で電車が来るから」
と、沢子は言った。
都会は早い。
違う、時が流れてるかのようだった。
「早いよ」
「たくさん来るんだよ。電車が」
「じゃ、遅らせろよ」
「何言ってんの?」
「俺が寂しいじゃん……」
「ほう」
「ほうじゃねーよ」
「ほう」
「好きな気持ちを弄ぶんじゃねーよ」
「じゃねーよ」
オウム返しだった。
「楽しいか?」
「ん?」
沢子が聞き返した。
怒ってると思ったらしい。
「違うよ」
「そっちの学校楽しいかって意味?」
「そうだよ」
「まあまあだな」
「そうか」
二週間が経っていた。
沢子がここからいなくなってからは。
「楽しいか?」
「まあまあだってば」
「でかいよな?」
街が。
「遊ぶとこはいっぱいあるよ?」
「いいよな」
「人が多すぎるよ……」
「そりゃそうか」
「息が詰まりそうだな……」
弱音、だ。
自分じゃないからわからない。
なんて言うな。
わかりたい気持ちがあった。
知りたい、と思えば、それでいいだろう。
好きなんだから。
もっと自信を、持って。
思いは伝わる。
泣けば、悲しい。
嬉しければ、笑う。
肩を落とせば、落ち込んでいる。
怒りも、楽しさも、全部わかる。
相手は、発信しているのだから。
常に、伝えて。
受け止めたい、心があるのだから。
伝えて。
「今夜また電話するからさ」
「いいぜ」
と、彼女が言った。
「わかってますか?」
徹郎は聞いた。
「俺が愛してるっていうのを?」
聞いてなーい。
「電話が切れていた……」
一人で、笑った。
恥ずかしくて、縮こまる。
「んだよ」
もとの小説の画面に、戻った。
愛、とは。
文豪が語る言葉よりも、重かった。
たくさんの人を傷つけた。
たくさん愛した。
見えたものは、
絶望のような希望。
表裏一体だった。
たくさん泣いた。
たくさん泣かせた。
愛、とは好き。
そんなものでいいだろう。
文豪より、軽い。
でも、重たい。
たくさんの人がそこにいるのだから。
『好き』
届いたメッセージに、喜んだ。
本のアプリを閉じる。
徹郎は、ベンチから立ち上がる。
空を見た。
静かな時間に、今日も生きている。
(完)




