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2016年 4月5日②「喧嘩」

「これは、デートですか?」

「違うわ」

「否定しなくても、いいじゃないですか」

「いいですよ」

 徹郎は、言う。

「デートって、ことでも……」

「よっしゃ」

 彼女を、眺めた。

「何、書いてんだ?」

「手帳です」

 見たら、わかった。

「何書いてんのかって」

「日記」

 システム手帳に、書いていた。

「今日は、ラブラブデートしました、って」

「ラブラブデート!?」

「しましたよ」

「してませんよ」

「これから、するんですよ?」

「何?」

「雑貨屋さん、洋服のコーデ、駅前の……」

「待てや」

「駅前の本屋さん……」

「行こう」

「映画と、ディナー」

「マジで……」

 目白押し。

 とてもこなせるような、気分ではない。

「行こう」

 と、彼女は言う。

「嫌だ」

「何でですか?」

「嫌だ」

「理由を聞いてるんですよ?」

「忙しい」

「さっきまでは、あんなに暇そうだったのに?」

「暇じゃねーよ」

「嘘です」

 彼女は、指摘した。

「アホ面しながら、壁に球打ってたじゃないですか」

「誰がアホだ」

 確かに、物思いに耽っていた。

 人生。などと。

「先輩は、大学はどこに行くんですか?」

「どこに行く?」

「受験、じゃないですか?」

「受験」

 徹郎は、溜息を吐く。

「帰りたいぜ」

「駄目だぜ」

 ちょうど、料理が運ばれて来た。

 パンケーキだ。

「うまそうっ」

 沢子は、はしゃいだ。

 徹郎も、はしゃいだ。

「パンケーキ、うまいですよね」

「食ったこと、あんのか……」

 残念だ。

 そう思っていた。

 自分と、食べるのが、初めて。

 そうありたかった。

「友達と、たまに」

 先輩は? と。

「俺は……」

 赤理と、望未。

 はばかられた。

「うまいもんには、目がねぇから……」

「嘘ですね」

「あっさりと……」

 見破られた。

「どうせ、女狐とかと食べたんでしょう……」

「女狐」

「もう誰とは言いません……」

「そうか」

 気まずい。

 ファミレスで、よかった。

 うるさくていい。

「それより」

「何?」

「さっきの」

 パンケーキを食べた。

「大学どこ行くんですか?」

「知らん」

「知らんことないでしょ?」

「知らん」

「まだ決めてないんですか?」

「うん」

 互いに、咀嚼し合っていた。

「どうするんですか?」

「う~ん」

「どうしようもないですね」

「そうなんだよ」

「どうしたいんですか?」

 将来。

「どうしようかねぇ?」

「好きなこと、ないんですか?」

「ないです」

「興味は?」

「ない」

「やってみたいこと?」

「なーんも」

「最低」

「よく好きになったな?」

「別です。それは」

「別なのか」

「別です」

 別でよかった。

 沢子は、自分のことを理解してくれている。

「終わってないからです。たぶん」

「げっ」

「げ、じゃねーですよ」

「そうか」

「終わらせてくれます? 先輩」

「嫌だ」

「付き合ってくれって言ってるんじゃないんですよ」

「え?」

「ちゃんと、私と別れてくださいよ」

「ん……」

「答えられないんですか?」

「答えられない」

 急だ。

 答えられる、ものではない。

「ムリだ」

 大切に、思っている。

「離したくない」

「だったら……」

「付き合えない」

「自由ですね」

「行動を起こす、力がない」

「嘘です」

「嘘じゃないよ」

「赤理先輩は?」

「は?」

「赤理先輩と付き合う元気はあったじゃないですか」

「はい」

「それはどういう、説明をするんですか?」

「はい」

「はい、じゃわかりませんよ?」

「はい」

 流れだった。

「漂流してるところに、たまたま声を掛けてきてくれただけのことだよ」

「そうですか」

「流れだったんだよ」

「そうですか」

「納得してないみたいだな?」

「そうですね」

 沢子は、脇のジュースを飲んだ。

「呆れてる?」

「呆れてませんよ」

「ならいいけど」

「おじいちゃんみたいですよ?」

「また言う」

「そう」

「そんなに俺が気に入らないか?」

「はい」

「好きになったな、それでよく……」

「しつこいですよ……」

 睨まれる。

 自意識過剰、だ。

 赤理には、まだ言われていない。

 好きじゃないのかもしれない。

 それほどには。

 どう思われたって、かまわない。

 そういうことか。

 そう、なのか?

 そういうことでいいのか。

 ペラペラ、だな。

「いいのかよ?」

 徹郎は、尋ねた。

「俺なんかにうつつを抜かしてても?」

「いいんですよ」

 沢子は、答えた。

「人生一度だけですから」

 父親の、言葉だった。

 知っている。

 一年前に、聞いた。

 繰り返してはいけない。

 繰り返せないのが、

 人生のルールだ。

「だったら……」

 どうしたいのか。

「自分の人生だぞ……」

「いい加減にしてくださいよ」

「怒られた……」

「怒りますよ。そりゃ」

 沢子は、言う。

「自分の人生は、自分で決めるもんなんですよ」

「そうか……」

「先輩は私をペット扱いしているんですよ?」

「ペット?」

「犬ですよ。犬」

「犬?」

「飼われた覚えはありませんよ?」

 沢子は、言った。

「犬の気持ちなんて、わからないですよね?」

「そりゃそうだけど……」

「それと一緒です」

「一緒ってわけじゃあ……」

「何ですか?」

 反論できない。

「一緒ですよ?」

「一緒じゃ……」

「だから先輩は思い通りにしようとするんですよ」

「ううん……」

「自分の考えた通りのことが正解だって」

「おいおいおい……」

「何ですか……?」

「親父になんか吹き込まれたろ、おまえ……」

「何ですか……」

「誤魔化すなよ」

「ケチ……」

「ケチじゃない」

「むう……」

 沢子は、むくれた。

「いじわる……」

「いじわるは、おまえだ!」

「むう……」

「似たような責め、しやがって」

「むう……」

「俺のことが、そんなに嫌いか」

「むう……」

「何か話したのか?」

「知ってるよ」

「何で俺がああしたかを?」

「ああ」

 沢子は、間抜けに口を開けていた。

「うん」

 と、答える。

「なんとなくですけど」

「なんとなくだけかよ……」

「うん」

「そんなもんかな……」

「うん」

「心は伝わらない、か」

「なんですか……」

「望未先輩がよく言ってた、言葉」

「じゃあ……」

 と、向き直ってみせた。

「わかります」

「本気で言ってんのか?」

「ええ」

「ええ、じゃねんだよ」

「ええ」

「ええ、でいけると思ってんだろ?」

「いける」

「いけるわけねーだろ」

「いける」

「意地になってんじゃねーよ」

「意地です」

「もういいって」

「嫌です」

「もういいって」

「嫌」

「もういいだろって」

「嫌ですよ」

「もう……」

 面倒であった。

「はやく帰ろうよ……」

「デート中」

「そんな感じじゃないじゃん……」

「初めての喧嘩です」

「喧嘩!?」

「ごちゃごちゃしています……」

「ごちゃごちゃ……」

「していますよね?」

「おまえが、ごちゃごちゃ言っているだけで……」

「してませんか?」

「まあ、揉めちゃいるけどな……」

「揉めています」

「揉めてなんかいいことあるのかよ」

「ありますよ」

 何だかわかるような気がした。

「本音、もっと言っちゃっていいんですよ?」

「もっと……?」

 気がつけば話した。

「確かに、いろいろとしゃべりすぎたかもしれんな……」

「うん」

 本人と、話すべきことではなかったかもしれない。

「いいよ」

「何でも言っていいってわけじゃあ……」

「いいよ」

 と、沢子は、言った。

「いいんですよ」

「うん……」

「本音で語り合えない家族だって、いるんですから」

「いる……か」

「そんな家族寂しいと思いませんか?」

「うん……」

「本音で語り合うことは、何より大事なんですよ?」

「そうか……」

 余り共感はしていなかった。

 必要のないことだってある。

 亀裂を生むだけだった。

 望未にいわせれば、無意味。

 必要がない。

 語り合うことすらも。

 必要がない。

「離婚するんですよ」

 沢子が、言った。

「うちの両親……」

 妙だとは思っていた。

「マジか……」

「マジなんですよ」

 あの、父親の顔が頭に浮かんだ。

「嘘だろ……」

「現実です」

「あの……親父さんがな」

「九州です」

「はい?」

「九州に引っ越すんですよ」

「おまえがか?」

「そうですよ」

「嘘ですね」

「うそつきじゃありませんよ……」

「本当か……」

「お父さんについて行くんですよ」

「うん」

「信じていただけましたか?」

「うん」

 人生、一度だけ。

 繰り返さない日々であると、知っていた。

 なのに。

 自分は繰り返してばかりだった。

 怖いんだ。

 変わることが。

 怖いんだ。

 景色が、変わってしまうことが。

 ずっと同じ。

 それだけあれば、よかった。

 この命が、ずっと続くかのように。

「生きてたかなぁ」

「はぁ?」

 沢子が、驚いたように見返した。

「何ですか? いきなり」

「いや……な」

「何」

「思い出してて……」

「何をです?」

「おまえの親父さんに絡まれた日のことを……」

「知ってる」

 沢子は、言った。

「お父さんに、酷いこと言われたんでしょう?」

「いや……」

「酷くなかった?」

「いや……」

「怒ってたでしょう?」

「まあね……」

「殴られたりした?」

「いや……」

「優しかった?」

「うん……」

「そうなんだ」

「優しさと、怒り……」

「うん」

「どっちもあったみたいだ……」

「うん……」

「いいお父さんじゃん」

「はい……」

「娘のために怒ってくれたりしてさ」

「うん……」

「守ってもらえてる感じがしてさ」

「うん……」

「最高じゃん」

「浮気しました……」

「ほんとかよ……」

「七年前のことです」

「ああ……」

 思い出した。

 そういうことを、言っていた。

 そうだった。

 沢子の、心の傷。

 母にも。

 父、自身も。

 沢子は、言った。

「母も、参っちゃってて」

「うん……」

「ずっと薬飲んでたみたいですよ」

「そっか……」

「気付いてたんですよ」

「うん……」

「ずっと調子悪そうだなって」

「うん……」

「でもそれも気付かなかったんですよ」

「うん……」

「私たちの前じゃ、明るかったから」

「うん……」

「壊れちゃってたんですかね」

「うん……」

「戻れないんですかね?」

「うん……」

「もう戻れないんですかね?」

「うん……」

「戻れないんですか?」

「戻れないよ」

「うん……」

 沢子が、テーブルに俯いた。

「うん……」

 俯いていた。

「何とでもなるだろうよ」

「うん……」

「またひっつくかもしれんじゃん」

「うん……」

 随分と、軽薄だった。

「あると思えばあるよ」

 傷つけたと思ったら、翻した。

 涙が、苦手だった。

「ごめん……」

 大粒、であった。

「俺が悪かった……」

「うん……いいよ」

 くぐもっていた。

 隣の客の目線が気になる。

 自意識過剰、だ。

 心配ない。

 沢子を、考えろ。

 他人の、目など。

 怖がるな。

 死ぬでもない。

 耐えろ。

 笑みが広がった。

 作り笑いだ。

 結局、そうだった。

 自分が、大事。

 沢子の、涙よりも。

 正解、は?

 一緒にいること。

 そして、涙を流すこと。

 じわりと、出た。

 沢子に、もう会えなくなることが。

 辛い。

 それだけだった。

 沢子の、涙に共感したのではない。

 嘘だ。

 愛、ない。

 愛など、この世になかったではないか。

 愛、ない。

 この世に、愛など存在していない。

 愛ない。

 沢子を思えてはいない。

 鎖だ。

 飼い殺しだった。

 自分の、思うように。

 飼い殺して来ただけではないか。

 そう、だ。

 人と人とは分かり合えない。

 思いは届かない。

 相手のことなど考えるだけ無駄。

 ほら、望未。

 君が言っていた世界だ。

 腕、が。

「何?」

 徹郎は、呼び止めた。

「何?」

 手が、彷徨っていた。

「何?」

 テーブルの傍を。

「何?」

 呼び止めた。

「何だよ」

 手を掴んだ。

「何だよ」

 俯いたままだった。

「うん」

 と、沢子が言った。

「何だよ」

 手を離そうとすると、掴み返された。

「何だよ……」

 親指をぎゅーっと。

「痛いよ」

「何?」

「痛いんだって」

「何?」

「取れる、って」

「取ります……」

「やめろ」

「泣かした罰ですよ……」

「うん」

「ごめんって、言ってください……」

「はい……」

 さっきも言ったような気がするが。

「ごめんなさいって……」

「ん?」

「言えばいいのか……」

「ん?」

 沢子が顔をあげた。

「ん?」

 徹郎も顔をあげた。

 真っ赤だった。

 それでも綺麗だった。

 好きだった。

 雲が掻き消えた。

 嘘のように。

 疑念がバカらしく思えた。

 好きだった。

 どう思っても。

「好きだよ」

 徹郎は、言った。

「明らかに、な」

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