2014年 8月8日「おとぎ話の国」
光の中を彷徨う。木の実、みたいだった。徹郎は、思う。幸せだな、と。
沢子がいて、自分がいた。
他に、何もほしいものなど、ない。
「綺麗だね」
沢子が、言った。
「お伽話の国に来たみたい」
「メルヘンだろ」
「うん」
沢子は、嬉しそうだった。美しさに、女は弱い。徹郎には、見飽きた景色だった。蛍が、光っているだけである。
虫だ。
暗いから、くっ付いて歩いていた。
沢子が、重い。しなだれかかっているようだった。暑さは、温もりとなって伝わる。
愛している、そう言って聞こえた。
「てっちゃん」
「何だね」
「ずっと、一緒にいてくれる……?」
「当たり前じゃん」
徹郎は、胸を張った。
守り抜く、自信があった。
どんなものからも。
「絶対に?」
「絶対だよ」
そう、答えた。
絶対に、守り抜く。
坂道を上った。蛍がいる。綺麗なもの、である。
綺麗だった。誓うと、そう映る。ありふれたものが、美しく変わる。
「てっちゃん」
沢子が、言った。
「子供、何人ほしい?」
「二人」
「少ないなぁ……」
「十分だよ」
徹郎は、言った。
兄が、一人いる。苦い思いもさせられた。兄なんて、一人でいい。
「私は、兄弟いないでしょ?」
沢子は、言った。
沢子に、兄弟はいない。
だから、
「子供はいっぱい、作らないと」
「楽しそうだな……」
徹郎は、想像をした。楽しそうだ。そういう、確信があった。
「幸せに、なろうな」
「うん」
沢子が腕に、一層力を込めた。
「受験」
徹郎は、言う。
「頑張らないとな」
「てっちゃんなら、受かるよ」
「そうかなぁ……」
「自信、なくしてんの?」
「ちょっとね……」
言うと、沢子がくしゃみをした。
「嘘だろ!?」
沢子が、鼻をくっ付けてきた。Tシャツの袖で、拭う。
「やめなさい」
「いやです」
沢子は、ダメ押しでもう一度拭いた。
「風邪引いてんのか?」
「ちょっとだけね……」
山道だから、冷えたらしい。
「おぶってくか」
沢子に、尋ねた。
「いい」
そう彼女は、言う。
「最近、Dだし……」
「ディー?」
「デブ」
「知るか」
いらない、クイズだ。
「背負っちゃる」
「いいって」
かたくな、である。
「暖を取ってんのか?」
「うん」
「だからか……」
「好きだからだよ」
「本当に?」
「どっちでも、いいじゃん」
「よくない」
徹郎は、不安だった。
時折、自分を隠す。
そんな、一面があった。
信用されていないような。
「おまえは、俺のこと好きか?」
「好きだよ」
しつこい、と思った。でも、確かめずにはいられない。自分が、嫌いだった。弱い、人間だった。
自分は、好きじゃない。こんな、男。
沢子はなぜ、自分を好きになったのか。
「てっちゃんが合格したら、次は私だね」
「同じ高校、受けるんだろ?」
「嫌なの?」
「嫌なわけ、ないじゃん」
「嫌なの?」
「しつこいな……」
「てっちゃんも今、しつこかったじゃない」
「俺のは、まあ……」
見透かされていた。
無邪気なようで、よく見ている。
知り尽くされていた。
「半年が、経ったね」
付き合ってから、だ。
「まさかこんなに続くとは……」
「思ってなかったのか?」
傷ついた。
「思ってたよ?」
「嘘だね」
徹郎は、言った。
「今のはそんな感じじゃ、絶対、なかった」
「そうかねぇ……」
「そうだよ」
校門で、声をかけられた。
自転車を、遮ってまで。
「私は、あなたのことが好きです」
そこから、始まった。
両手を広げて。
小さな彼女が、守ってくれるような気がした。
自分が、強くなれる気がした。
友達が増えた。
自信がついた。
人が、好きになった。
自分は、変われた。
素敵になれる。
君さえ、いれば。
そんな気がした。
自分は、愛されている。
それでいい。
恐れることなんか、ない。
ずっと、このままが続く。
この先も。




