2015年 2月4日「最後の電話」
終わりにしようと、思った。
沢子は、電話をかける。徹郎は、もう、寝てしまっただろうか。
最後の電話に、するつもりだった。
しかし、徹郎は出なかった。まるで、もう話すことなどない、というように。
勝手だった。
自分はまだ、納得していない。
納得させてほしかった。分からないから、気に掛かる。自分の、何がいけなかったのか。
分からないから、教えてほしい。何が、間違ったのか。
間違いは、知りたい。何が、徹郎を苦しめたのか。
それとも、全てが嫌になったのか。
何も教えてくれない。
ただ、好きな人ができた、とだけ。体の関係が、できてしまった……。
別に、良かった。
父親もそうして、家に帰って来た。母がどう思っているかは、知らないが。
自分の部屋の、ノックが鳴った。
「入るよ」
そう言って入って来たのは、父、だった。
「勉強に、身が入らんか」
泣き濡れた、自分を見て言う。
「入るわけがない」
そう言って、沢子は笑った。
父親も、涙ぐむ。娘の不幸に、悲しくなったのだ。
「で? 何で泣いてんだ?」
父親の言葉に、呆気に取られた。
「知らずに来たのかよ……」
「母さんが、励まして来いって」
「知らないよ」
父親から、酒の臭いがした。
「帰って」
「ここは俺のうちだぞ……」
「出てって」
出て行く場所など、ない。父親は、娘の頭を、撫でた。
「触るな」
娘は、頭を振った。父親に触られるのは、嫌いだ。酔っ払いだし。
「辛いこともあるぞ」
父親は、言った。
「俺も、仕事で嫌なことがある」
父は、語り始めた。
「後輩に抜かれることもある。嫌な奴が、嫌なことを言う。そんな社会だ。沢子も、いずれ大人になって……」
「うるさい」
沢子はそう言って、鼻をかんだ。
「聞けよ」
「聞かないよ」
「何でさ」
「親父の愚痴ほど、つまらんものはない」
「親父とか、言うな」
お父さんは、いつまでもお父さんでいたい。
「沢子」
父親は、自分の鼻をかんで言った。
「辛いときは、叫べ」
山に、向かって。
※
山間の村に、徹郎の家はあった。何度か、遊びに行った。特に、何があるわけでもない。
何もない。田園風景が、広がっているだけ。だが、馴染みの道だった。長い長い坂を上れば、徹郎の家がある。
目指しては、行かない。
「えらいとこに住んでんな……」
父は、息を切らせていた。坂を、少し上っただけだった。
「この辺に、おまえの彼氏がいんだな?」
「もっと上だよ」
沢子は、バテた父の隣に並んだ。父は、この土地の出身じゃない。母に連れ添って、やって来た。自分の住む町以外は、興味がない。
それが、父であった。
「ここから、叫ぶんだ」
父は、言った。これ以上、上りたくない。その、表れだ。
懐中電灯を置いた。真っ暗闇である。寒さが、厳しい。
坂の上には、彼がいる。待ってはいない。自分のことなど、邪魔だと思っているのかもしれない。
沢子は、大きく声を張り上げた。
「好きだーっ」
声は、届かない。
きっとどれだけ張り叫んでも、無駄だ。
沢子は、知っていた。
それでも、叫んだ。
届くことのない、想い。
「てっちゃん……」
言葉は、弱音に変わった。
「あなたなしじゃ、生きていけないよ……」
「そんなに、好きか」
父が、暗闇から言った。
「そんなに好きか、と聞いてるんだ」
父が、鋭く言った。
沢子は、答えられない。
涙で、苦しかった。
言いたいことも、伝えられない。
言葉なんて、空虚だ。
思いは、伝わらない。
例え、この声を聞いていたとしても。
「好きだーっ」




