第8話 転生者と女騎士さんの独白
「バケモノ」
川で水浴びして返り血を落としている最中、依頼主からかけられたのは労いの言葉ではなく、侮蔑と畏怖の交じった言葉だった。折角頑張ったというのにこんなことでは意気消沈。戦闘後のイキリたったナニもヤる気を喪ってしぼんでしまった。
「ここは『よく頑張ったわね、お疲れさま。約束通り、私の体を抱いてちょうだい』じゃないのか?」
「……」
「無視かこのクソアマ。まあいいよ、抱く気はもうないから。そのかわり金はきっちりもらうからな」
「だって、私と仲間が束になってかかっても傷をつけられなかった相手をたった一人で倒すなんて! 卑怯よ! 騎士でもないただの猟師のあなたが!」
またしても無視される。ううむ。バケモノと呼ばれることは慣れてるが、卑怯と言われるのは初めての経験。まあ、アレか。FPSでよくある体力無限のチーターを見てる気分なんだろうな。自分たちは一発当たれば死ぬのに、相手はチートを使っているからいくら撃たれても耐えられる。
ああ、たしかに卑怯に見えるな。俺だって前世じゃチーターを見るたびにそう思ってた。だがこれはゲームじゃない。ゲームの中で自分の分身たるキャラクターを操作して、分身が撃たれても自分は痛みを感じない。だがこれは非現実的だが、現実だ。自身が、自身を操作している現実。この世界に銃はないから撃たれはしないが、火で焼かれたり、体を食いちぎられたり、腕を斬り飛ばされたり。怪我をするのは分身ではなく自分自身だから、痛みがある。
今まで何度か狩りでしくじって痛い目を見たが、何度死ねたらどれだけ楽になるだろうと思ったことか。それをどれだけ丁寧に言葉を尽くして説明しようとも、所詮は持つ者特有の苦労。持たざる者にはわかってもらえないだろうし、わかるつもりもないだろう。金持ちが「金があると変なの寄ってくるから困るわー」と言っても、貧乏人にその苦労はわからない。
「あんたが俺をなんと言おうが自由だ。そんなくだらんことで依頼主を殺すような短気でもない。だからさっさと町に帰って竜の素材を売り払って、その金で依頼料と違約金を払え。槍も折れたし矢もどっか飛んでったんだ。特注品だから馬鹿にならん出費だぞ」
全身にこびりついた血を洗い流したら、タオルで水気を拭いて替えの服に着替える。どうせ破れるだろうと思って持ってきたが、破れるどころか食いちぎられるとはさすがに予想外。被捕食の初体験をあんな竜に奪われるなんて……いや別に悔しくはないが。
「くっ……」
対して依頼主は非常に不満そうだ。騎士たる己の出番もなく、仲間を全滅させた竜をハンター一人の手によってのみ仕留められたのだから、それはもう深くプライドを傷つけられたのだろう。あくまで推定で、断言はできないが。
しかし、なんだかこっちまでイライラしてきた。なんでこんなにイライラすんだか。
「はぁ、お前は何のために私を雇ったんだ?」
「竜を殺すため」
「だろう? お前はお前の意志でハンターという武器を金で買って、武器である私を使って竜を殺したんだ。竜殺しの名誉はお前のもの。お友達の仇も討てて、おまけに名誉まで手に入る。出世街道まっしぐらだろうよ。これで何が不満なんだ。仇も討てず、犬死にしてまで自分の手で殺したかったのか?」
ああ、いけない。つい素で私と言ってしまった。私なんて弱弱しい一人称を使ってたら舐められるからとガキの時から頑張って矯正したのに。
「苦労せずに仲間の仇は討てた。嫌味な男に抱かれずに済んだ。ついでに名誉も手に入った。どうしてそれが不満なんだ」
いくら考えてもわからない。これなら彼女から本心を聞いてもわからないだろう。
「まあいいや。俺は帰るからな」
人間は分かり合えない生物。そう割り切れば人間関係というのは非常に楽になる。相手が自分の事をわかってくれないのは当たり前だと思えば、辛くもならないし腹を立てることもない。こんなくだらないことに時間と思考を割くよりも、早く帰って素材を売り払って、その金で美味い物を食おう。その方が余程建設的だ。
「……何年も死ぬ思いで訓練したのに、上司の機嫌を損ねただけで辺境に左遷されて」
「ああ、もう話さなくていいぞ。興味ないから」
馬に荷物を縛りつけている最中、後ろから暗い声が聞こえてきたが、もう彼女の事はどうでもいい。依頼主との関係は、報酬を受け取ったらそこで終了。ぼそぼそと話されても気にしない、したくない。明らかにめんどくさそうな相手だし、これ以上関わったら絶対もっと面倒なことになる。
「腕を振るう機会もなくて毎日自分を慰めるために訓練を続けて……名誉を得る機会がやっとめぐってきたと思ったら、仲間がみんな死んで一人生き残って、一人で死ぬのも辛いからだれか巻き添えにしようと思ってたら、町にたどり着く前に魔物に襲われて不覚を取って、あなたに会って、そしてあなたは簡単に竜を殺した。挙句手柄を譲られるなんて、屈辱以外の何物でもない!」
はじめは淡々と。徐々に感情が乗ってきて、最後には激情の濁流のように吐き出された言葉を聞いて、俺が思ったことは。
「知らんがな」
我ながらこの返しはひどい。
「何よ! 自分で聞いておいて!」
「もういいって言っただろう。大体、自分ばかりひどい目に遭ってるような言い方だけど、俺だって竜の群れに村を丸ごと焼き払われたぞ。生き残ったのは俺だけ。規模はこっちの方がでかいし復讐だって果たせていない。心中相手だけじゃなく不幸自慢する相手も間違えるなんてついてないな、お前」
煽りに煽る。歯を食いしばる音がして振り返れば、金剛力士像の吽形そっくりな表情でこちらをにらみつけていた。後ろを向いても馬しか居ない。この馬が一体何をしたというのか。何もしていない。なら、この怒りは俺に向けられたものだな。
「きれいな顔してんだから、そんな眉間にしわ寄せんなって」
ケラケラ笑って返すが、それがまた気に食わなかったようで、今度は言葉じゃなく甲冑に覆われた拳が飛んできた。いくら不死身でも当たれば痛いので避ける。
「これだけ持って帰るから、残りは好きにしろ」
今度は笑いもせず、見下しもせず。何の感情も込めずに言ってやる。竜の体からはぎ取った素材を、馬に積めるだけ積んであとはおさらば。
折れた槍と大弓を背負い、馬に乗り、泣き崩れる女騎士を置いていく。素材売って金入ったら、どっか引っ越そう。顔も名前も割れてるし、逆恨みされて家に火でもつけられたらたまったもんじゃない。
主人公の装備・アイテムとスキル的な物
(説明? いる?)
装備
布の服
普通の槍
ただの弓
解体用の短剣
アイテム
気付け薬
毒入り壺
傷薬
お金
スキル
毒・薬物知識
高速再生(不死)
竜特効(竜限定で防御無視ダメージ)