第7話 転生者は竜殺し
竜。世界最強と言われる種族。数こそ少ないが、その巨体と生命力、魔力は他の種族に比べ圧倒的であり、ひとたび暴れだせば町の一つや二つは軽く滅びると言われている。止めるためには軍隊を差し向け、甚大な被害を出してようやく撃退できるというレベル。仮に仕留めることができれば多大な褒章と名誉が与えられる。軍隊規模でようやく止められるそれを狩ることができるのは、一国に数人しか居ない……と言われている。記憶にあるのはあの黒い竜。あれの同類を、一人で狩れる……バケモノだな。
今からそれと同じことをしに行く俺も、バケモノだ。不死身のバケモノ。
「美味そうな香りがしてきたな」
木の葉の香に混ざり、肉が焼けた、脂の香りが漂う。食欲をくすぐる。昼飯を食っていなければ腹の虫が鳴っていたところだ、それで竜に居場所がばれたら、笑いのネタになっただろう。一人ならそれもよし、しかし今は一人じゃない。
「おいしそう? ふざけないで。もうすぐ竜の巣なのよ」
「なに、気付かれたところで、あっちからすりゃネズミが二匹紛れ込んだようなもんだ。そんなもん一々気にしないだろう」
人間と竜。サイズも違えば戦闘能力も違う。なんで襲われたのやら。珍味を求めて竜の卵でも盗もうとしたのか。だとしたら相当の馬鹿……いや、勇者とも言えられる。死んでしまえばただの馬鹿だが、成功すれば勇気を称えられて然るべき偉業。ま、失敗すれば馬鹿にとどまるが。
「なんだ。ビビってんのか?」
「そういうあんたは」
その問にどう答えるべきか、少し悩む。一言に纏めるには、この感情は複雑すぎる。負と正の感情がごちゃごちゃに混ざり合った混沌とした色。それでも無理やり纏めるなら。
「楽しみだ」
これに尽きる。
「頭おかしいんじゃないの」
「よく言われる。おっと……」
電気がぴりりと、背骨から額に駆け抜けていく。危機が迫ったとき特有の、よくわからない感じ。手綱を引いて馬を止め、地面に降りて弓を背から下して、手に持ち直す。とてつもなく、重い。
「お出ましだ」
数年前。まだ竜への復讐心に燃えていた時期に買った弓。ただの弓ではなく、高い靭性を持った金属で作られた、自分の身長よりも長いフレームと、ワイヤーを束ねた直径三ミリほどの太い弦を持つ、特注の弓。竜の堅い鱗を貫くだけでなく、その奥にある臓物まで傷つけられるよう、より強く早い矢を放てるようにと。
番える矢もまた特注品。一本だけしかないが、全金属製の矢。もはや矢と言うより徹甲弾にすら見えるそれは、きっと相当な威力を発揮してくれるだろう。
それを引くためには、人の力ではあまりにも非力。そこで魔法というものが登場する。肉体強化。金がないからそれだけしか買えなかったが、どうせ実戦で放てるのは一発くらいだろうし問題ない。
「コンタクト《接敵》……竜に挑むは騎士の誉れ、と言うが。勇気と無謀はかなーり違うぞ」
全身の神経を水が覆うような冷たい感覚に包まれ、染み込む。弓が軽くなる。矢が軽くなる。番え、弦を弾く。重苦しく、堅そうな見た目に反し、いとも簡単に弓がしなる。弓が軽くなったのではなく、肉体能力が上昇しただけ。目標を見つけたら、ひとまず矢の先端を合わせる。移動に合わせて動かし速度を計算……目算距離と進行速度、矢の射出速度と弾道を計算……目標からずらして、ふっと息を吐いて、矢を放す。
パン、と銃声に近い音を引きずる。巻き起こった風で木の葉が散る。
「落ちてくるぞ。武器出しとけ」
弓を置いて槍に持ち替える。こちらはいつもの鉄槍。
「え、何が」
「……ァァア゛ア゛ア゛!」
「竜だ。頭ぶちぬいて一発で終わらせるつもりだったが、失敗したな」
翼に大穴をあけた竜が、絶叫しながら真っ逆さまに。木の枝を折りながら地面に落ちてきて大地を揺らす。大きさは頭から尻尾まで十メートルもなさそうだし、色も薄い。見るからに幼体と言った感じだが、それでも他のよく見かける魔物よりは随分とでかい。
しかし怖気づいても居られない。先手必勝。体勢を立て直す前に、一撃入れる。できれば目玉をつぶしておきたいと、木々の間をがさがさと駆け抜けて、のしりと起き上がろうとする竜へ跳躍しつつ、腕を引き絞る。
「キエャアアア!」
間合いに入れたところで裂帛の気合に乗せ、砲弾の如く速度を乗せた突きを打ち込む。しかし目玉に当てるには跳躍高度が足りず、喉の真ん中に一穴穿つのみ。穂先にかえしのついた槍は刺さればなかなか抜けず、無理に抜けば肉を抉る……それを知っていて、苦痛に暴れる竜の鱗に足をかけ、槍を持ったまま跳躍。返しに引っかかった多量の血肉が飛び散り、穴をさらに広げる。
「しょっぺえ。潮吹いてやがるこいつ」
口の中に少し入った血を悪態と一緒に吐き出す。目は貫けなかったが、喉を抜いたから大声は出せまい。
「ヴォオオオオ!!」
控えめな怒声を上げながら、突進。鎌のような爪が生えた前足が、両側から挟みこむように振るわれる。後方に逃げれば押し潰される。前方に突っ込めばデカい口に丸かじりにされる。左右は塞がれ、絶体絶命。当たっても死ねないけど。
回避のため槍を地面に突き刺し、飛び上がって石突に足を乗せ、もう一段跳躍したら竜の背が丁度自分の真下を通り過ぎる。短刀を腰から二本抜き、宙返りしながらその背にコンマ一秒の時間差で、同じ場所にピンポイントで投げつける。刀身半ばまで刺さった短剣の柄尻を、もう一本が叩いて根元まで押し込む。ついでに弾いた短刀をつかんで、竜の体に突き刺し、切り裂きながら地面へ降りれば、眼前に尻尾が迫る。アレのよりは細いが、既視感。既死感?
「へぶっ」
ぶたれた。そのままごろんごろんと転がったら木の根に引っかかってようやく止まる。
「ああ、こりゃ痛え」
一回転した首を、人形の首でも回すように、反対側へゴキリと一回転。これでよし。しかし、小さくてもさすがに最強の種族には代わりない。すさまじい髄力。俺じゃなきゃ死んでたね。まあ死にたくても死ねないのだが。パンと埃を払って立ち上がり、竜に向けて武器を……
「……しまった、武器が」
ナイフがもうないふ。槍は地面に刺したし、ナイフ二本は奴さんにぶっ刺したまま。もう少したくさん持ってくればよかった。竜相手に素手ゴロなんて正気じゃないな。元々正気じゃないが。
一瞬だけ、気がそれた。気付けば眼前に、大きく開かれた咢が。
「くっさ」
閉じられる顎。上半身が丸ごと食いちぎられ、一瞬だけ意識がシャットダウン。しかし一秒たらずで残った下半身から上半身が再生、意識もそれに伴って復帰する。これは初めての死に方だったが、これでも俺は死ねないらしい。
「なんだ。お前も俺を殺せないのか……じゃあ、頑張って殺してやろうか」
また生えてきた上半身をもう一噛みしようと再度開かれた大口に、自ら腕を突っ込んで、牙をつかむ。なかなか鋭く、指が切れて血が流れる。それを思いきり引っ張り……引っ張ると、ボコッと抜けた。つかんだ指も千切れたが、まあこっちはすぐに生えるし問題ない。それより麻酔なしで歯を抜く痛みは人間ならかなりのもの。しかし竜ならどうか。
「――――!」
声にもならない痛みらしい。
「おのれ人間ごときが!」
「あ、喋れたのかお前」
でも殺す。いやできれば殺す前に黒い竜の話を聞きたい。聞き出したら殺すけど。聞き出せなくても殺すけど。なにせ依頼主の頼みだ、成功すれば金と、名誉と、女が手に入る。男の求めるものが全て手に入る。しかし金と女はともかく名誉はいらない。たぶん、寿命でも死ねないだろうし、有名になったらたぶん生き辛い。
「ハイムさんよ。竜殺しの名誉はあんたにくれてやる。その代わり、もらうもんはもらうぞ」
暴れる竜。その首に抱き着き、槍で穿った肉穴の中へ片腕を突っ込む。
―へっへっへ、もうびしょ濡れじゃねえか、中もこんなに熱くてぎゅうぎゅうに締め付けてくるし、実は期待してたんじゃねえの?―
なんていかにも凌辱エロゲに出てきそうな変態オッサンぽいセリフが脳内で再生される。なんて懐かしい、前世では息子が大変お世話になりました。
「離れろ下種め!」
一瞬二次元に離れていた意識が現実に引き戻される。
「お断り」
大樹の幹のような首を両足でしっかりと挟み締め上げ、両手を穴に突っ込む。
―お前の穴腕二本も入るなんてすげえな、ガバガバじゃねえか。どんな激しい拡張プレイしてんだよ。らめぇ壊れちゃうとか言ってみろよ、ほれほれ―
脳内で再生されるオッサンボイスを聞きながら、肉をつかんで、裂くように両手を広げる。強化を施された腕力でミヂミヂと音を立てて穴が広がっていく。溢れる血の量はさらに増し、深緑の鱗を鮮やかな紅に塗り替える。命の温度、命の色。ああなんて綺麗。これがもっとたくさん流れれば死ぬ。死ぬことができるなんて、とても羨ましい。こんなに血を流して、痛いだろう。すぐに楽にしてやらないとかわいそうだ。
穴の中をまさぐる。腕が肉の壁をこするたびに体がビクンビクン(という擬音は適当ではないが)と跳ね、俺を振り落とそうと大暴れする。短い前足で、しがみつく俺をひっかくけれど、悲しいけど不死身&高速再生持ちなのよね。だから痛いだけ。
両腕を広げきって、肉に埋もれていた、血管のまとわりついた骨を発掘する。人間なら頸椎にあたる部分だ。より大きな悲鳴が耳をつんざく。今のは相手を威圧する類の声ではなく、痛みと、死を恐怖する声だ。
「うるさい」
周りの肉ごと握りしめ、間を置かずに引っこ抜く。壊れた蛇口のように赤い水が噴き出し、顔に直撃。さすがにこれはたまらないと足をほどいて首から離れ、着地。少し遅れて竜の巨体が地に倒れる。目を閉じているし、死んだのだろうか。これで終わりなら、なんてまあ、泥臭い終わり方だろう。念のためトドメを刺しに槍を拾い、力いっぱいぶん投げ、命中。着弾の衝撃で力の抜けた胴が揺れるが、生きているような反応はない。穂先どころか柄の半ばまで刺さっても、もう微動だにしない。
「しまった……話聞き忘れたな」
今更思い出しても遅いか……ま、そんなこともあるか。
主人公の装備・アイテムとスキル的な物
(説明? いる?)
装備
布の服
普通の槍
ただの弓
解体用の短剣
アイテム
気付け薬
毒入り壺
傷薬
お金
スキル
毒・薬物知識
高速再生(不死)
死ねない上に高速再生持ち。