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第6話 転生者と街

「大家さんよ。頼まれた仕事、終わらせてきたぞ」

 森を抜けて、街へ戻り、借り家に帰る前。畑を耕す老人、今日の仕事を頼んできた、大家兼依頼主に声をかける。

 声に反応し振り向く老人。日焼けして浅黒くなった肌、顔に鋭く走る傷跡は白く、皺はそれより深く。怪我を理由に退役し、余生を謳歌する軍人を思わせた。実際そうである。

「ご苦労だった! また頼むぞ!」

 弾ける笑顔。滴る汗に太陽光が反射して、彼は今まさに、文字通り輝いている……今日もこの老人は元気きわまる。あれだけ元気ならゴブリン程度自分で狩れるだろうに、土いじりの方が楽しいのか、いつも私に仕事を押し付ける。

「ところで、その死体二つは今日の晩飯か? 人に魔物なんて、お前はいつからそんなゲテモノ食いになったんだ」

「ついにボケたか爺さん。片方はまだ生きてるし、もう片方はギルドに持ち込んで換金するためのもんだ。飯はちゃんとしたものを食うさ」

「そうかそうか。ならよかった。報酬に今日とれた野菜をいくらか家に置いてるから食え」

「いつも悪いな」

「格安で働かせてる詫びだ。気にすんな」

 引き続き、馬の手綱を引いて街の中心へ。この平和な辺境の町は、たまに酒に酔った開拓者同士のいざこざが起きる程度で極めて平和。人口はそれほど多くないが、少なくもなく。店へ行けば魔術本以外の欲しいものは大体手に入る、暮らしやすい土地。もっと栄えた街ならこうやってモンスターの死骸を引きずって歩いていたら即憲兵の世話になることだろうが、ここではいつもの事で見逃してもらえる。田舎のいいところだ。

 しばらく歩いて目的地に到着。役所や領主の家には見劣りするが、周りの家々に比べればそれなりに立派な建物に到着する。

「いつも門番お疲れさん」

 入り口前に寝そべる番犬の頭を一撫で。艶々の毛並みを堪能したら、片目だけ開けてこっちを見て、そしてまた寝る。通っていいぞと言っているのだ。

 馬からロープを外し、建物の中へは自分で持ち込む。

「ちはー。居るかー」

「いらっしゃ……何だその気持ち悪い物体は」

 受付のおっさんが後ろの荷物を見たとたんに苦い顔をする。これが若い女の子ならまだ気分も良くなるんだが、残念ながら大体の女子は金持ち目当てにもっと大きな街へ出ているせいで居ない。ああ悲しい。仮に居たとしても、私のような訳ありの恋人にはなってもらえないだろう。

 それはともかくだ。

「最近森で目撃されてたってのはこいつじゃないのか?」

「ああ……まあ、目撃情報とは一致するな。報告たのむ」

 男がメモ紙を取り出して、羽ペンを走らせる。

「風属性魔法と、触手を振り回すだけの馬鹿だ。並みの切れ味があれば触手は切れるのと、毒は効く。あと分泌している粘液の成分は不明。この触手を女の股につっこんで楽しむ最低な趣味を持ってるから、女性は注意が必要だな。顔だけはいいクソアマを縛り上げてこいつにプレゼントすれば面白いことになる」

「それはいい案だ。ところで股に突っ込んで、というのを詳しく聞こうか」

「被害者の名誉のために黙秘する。んじゃいつも通り解体屋に引き渡して、素材はそっちで適当に売り払ってくれ。報酬はいつも通りの割合で」

「了解。で、次は何する。仕事はいくらでもあるぞ」

 今日達成した依頼の書類を処理済みボックスに放り込んだら、未処理の依頼文がテーブルの上に広げられた。さあ次の仕事を選ぶがいい! って言われても。俺そこまで仕事好きじゃないし。むしろ嫌いだし、サボっていいならサボる。全力でサボる。

「一週間は少し贅沢な飯を食えるくらいの金が入った。しばらくは休暇だ」

 あの女から迷惑料として頂戴したこの金で何を食おうか。久々に食卓を肉で埋め尽くそうか。それも悪くないな。むしろいい。そうしよう。

「頼むぜ、お前がいなけりゃ誰が仕事するんだよぉ……依頼が溜まってるんだよぉ……! ご近所様から仕事しろって苦情が来てるんだよ!」

「若くて清楚でかわいらしい受付嬢を連れてこい。それだけで今の十倍は働ける」

「そりゃ無理だ」

「じゃあ無理だ」

 交渉が決裂なら、これ以上話すべきことは何もない。俺は休む、彼は働く。俺が悠々と肉を食っている間に、奴はご近所様の苦情と格闘するのだ。他人の不幸を眺めつつ、ありがたく自分の幸せをかみしめよう。

 後生だから待ってくれ、という悲痛な叫びを帆に受けて、歩みは加速する。

「ねえ、あなた私を連れまわしてどうするつもりよ」

 外に出たところで、やっとまともに立てるようになった触手の被害者さんに声をかけられる。

「……あ、忘れてた」

 これをどうしようか。連れ帰ったはいいものの、身分も聞いていないし。ここで情報交換もかねて、自己紹介しよう。

「紹介が遅れました、私はこの町のハンターをしているアイン・ジェイソンと申します。よろしければ、あなたのお名前とご身分をお聞かせください」

 やや格式ばった仕草で挨拶をする。少なくとも俺よりかは身分が高いだろうし。

「エリザベス・ハイム。見ての通り、騎士よ」

 鎧越しなのでサイズはわからないが、胸を張って自己紹介をしてくれた。騎士なのにあんなに貧乏なのか。いや、仕事は金ではない。貧乏な領主に安くこき使われようと、誇りをもって仕える騎士とて世の中には居るのだから。もしかするとこの人もそうかもしれない。森の中に一人で居たのは怪しいが。

「元、だけれど」

 聞こえないように呟いたつもりなのか、非常に小さな、自責の念も感じられる声で発せられた言葉を、俺の地獄耳は聞き逃さなかった。

 もしかすると面倒ごとを拾ったかもしれない。金を返して放り出すべきだろうか、これは。

「ねぇ、この町で一番腕の立つ人は誰」

 表情が真剣な物に代わり、唐突に意図のつかめない質問をされる。しかし質問されたからには答えてやるべきだろう、自己紹介もしてもらったことだし。

 現役で、なら俺が一番だろう。というかこの町の現役ハンターは自分しかいないのだから必然的にそうなる。だが面倒ごとの臭いがプンプンするので、都合のいい解釈をしよう。

 こいつは『一番腕の立つ人』と言った、『ハンターで一番腕の立つ人』とは言っていない。つまりハンター以外も含めていいということ。そうなると、爺が最強だろう。俺は毒を使った楽な狩りばかりしているせいで、腕自体はそれほどのものではないし。

「畑を耕してた老人かねぇ」

面倒ごとは他人に押し付けるに限る。あの爺さんなら余程の相手じゃない限りは無事に帰ってくるだろう。

「現役では」

「……俺だな」

 俺が嫌いなのは、嘘と隠し事。そう聞かれたら、応えるしかないのだ。すらりと、細身の両手剣が抜かれる。

「コイツはいったいどういう風の吹き回しだ? 助けてやった相手に剣を向けるなんて今まで聞いたことも見たことも……」

 あるな。たった今。

「そんな事する奴だとは思わなかったぞ」

「私は、強い人を探してる」

「それなら、こんな辺境じゃなく首都へ行けよ。近衛隊の方々なら、俺よりずっと強いぞ」

「首都までいく路銀も、雇うためのお金もないわ」

「なら体で」

 突き出された剣を手のひらで受け止め、柄まで貫通させて、柄を握って止める。なかなか痛い。

「危ないな」

「咄嗟にその判断ができるのは、やっぱり強いわねあなた」

「そりゃ、触手に犯されるような間抜けよりは。おっと失礼しぶっ」

 剣は抜けないが、代わりに鎧に包まれた足が腹めがけて飛んでくきた。蹴り飛ばされた衝撃で、剣も手から抜けてしまった。血が抜けて、思考も切り替わる。


 ……攻撃してきたということは、こいつは私の敵。敵なら殺すか? いや、人間を殺したら処理が面倒なことになる。毒は使えない。毒を使わずに戦うのは、滅多にない。

「ふっ」

 軽く息を整える。相手が人間なら、他の動物よりもやりづらい。獣相手ならある程度動きを察することができるが、人間は本当に突拍子もない行動をとることがある。あとフェイントも交えるし。本当に厄介。

 だから一発で仕留める。背負った槍は、使わない。手の傷はもう治ったし徒手で行く。

「イヤァ!」

 気迫は一人前。動きも一人前。下方から振り上げられる刃は鋭く、避けなければたやすく致命傷を負うであろう速さも持っている。

 だが受ける。剣は私の服などまるで障害とせず、ほとんど抵抗もなく私の肉を切り、臓物を裂いて、わき腹から肩へと抜けた。

「え?」

 あまりに容易く決着がついたことに、抵抗なく終わったことに、一瞬の意識の空白が生まれる。

 まあ、普通ならこれでお終いだ。ハラワタ裂かれて生きてる人間なんて普通は居ない。

「残念、俺は普通じゃない」

 そこで首に、貫手を、一発。指先が肉に食い込んで、もう少しで皮膚を破って貫ける。それくらいの力加減で止めておく。殺す気はないのだ。殺したら何も聞き出せないし、売れないし。

「獲物を仕留めたかどうかはちゃんと確認しないとだめだろう。こりゃ触手にやられるわけだ。おおかた何本かの触手を切り払って油断したところを拘束されたんじゃないのか」

「ぐっ、かぁ」

 首を抑えてうずくまる彼女に聞こえるように言ってやる。剣で切りかかり、結果素手で返り討ちにされるのは相当な屈辱のはず。痛いのもあるだろうが、美人が台無しな顔で歯を食いしばっている。

「ま、とりあえず話くらいは聞いてやろう」

「あ、れ……たしかに切ったはずじゃ」

「気にするな。ほれ、さっさと話をしないと憲兵に突き出すぞ」

 騎士だけに、話をし『ナイト』。なんつって。こんなクソ寒いギャグはさておき、そのために喉をつぶさない程度に殴ったのだ。そろそろ息も戻って言葉も出せるだろう。

「……私の仲間が竜に襲われた。討伐のために、力を貸してほしい」

「馬鹿かお前……いや疑って悪かった、馬鹿だなお前」

 数年前に見た、あの竜。大鎌のような爪を持って、人を紙切れのように散らし。樹齢百を超す大樹のような尻尾で、蚊を払うように人を弾き飛ばす。吐く息は村を一つ簡単に焼き尽くす。あの日の事は忘れない。あの化け物は、人間が勝てる相手じゃない。

「報酬は」

 だが、殺意はある。恋慕の情がある。使命もある。自殺願望もある。あの圧倒的な存在なら、俺を殺してくれるかもしれないし、殺してくれなくてもぶち殺して素材はぎ取って飯代に。どちらに転んでも得しかない。

「竜殺しの名誉と、素材を売って得られる財産」

「金はともかく名誉に興味はないな」

「じゃあ何を」

「成功したら一発やらせろ」

 あとは、ちょっとしたストレス発散ができれば完璧。

「なっんてことを対価に!」

「それでも命に対しては釣り合わんし、金も持ってないだろ? あんたの路銀は助けた迷惑料としていただいたからな。触手にやられといて処女ってわけでもないだろう。いいじゃないか」

「誇りの問題!」

「股座に触手突っ込まれてアヘ顔晒して堕ちる寸前で助け出されて。助けてくれた恩人相手に斬りかかって立派な剣持ってんのに素手で倒されて。誇りがあるなら恥ずかしくねえの?」

「あ……ぅ」

「駄目なら竜狩りに手は出さない」

 嘘は嫌いと言ったが、嘘をつかないとは言ってない。竜が出たとなれば情報はすぐにあちらこちらへと拡散され、警戒を呼び掛ける。ここで教えてもらえなくとも、俺はその情報を使って竜に挑みに行く。

「くっ……ただし、成功してからよ」

「じゃあ交渉成立だ。死ぬときは一緒だから安心しろ」

 盗んだ金をポーチから取り出し、未だ跪く彼女の前に落とす。

「明日出る。それは返してやるから、準備して適当な宿に泊まってけ」

 今夜は景気づけに、少しいい飯を食おう。

主人公の装備・アイテムとスキル的な物

(説明? いる?)


装備

布の服

普通の槍

ただの弓

解体用の短剣


アイテム

気付け薬

毒入り壺

傷薬

お金


スキル

毒・薬物知識

高速再生(?)

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