第27話 竜殺しと船旅 その3
船上は戦場となった。何かの比喩や冗談の類ではなく、本当の戦場。鉄と鉄を打ち合わせる音、振るわれる武器が空を裂く音が旋律を奏で、放たれる殺気が外野の呼吸以外、一切の音を停止させる。それこそ衣擦れ一つでも起こせば自身に飛び火し骨まで焼かれかねないと、死への恐怖から自ら動きを縛るのだ。
この空間で動いているのは二人、俺と、周りを凍り付かせるほどの殺気を放つ一人の男。
「いい加減に止めないか? そろそろ疲れてきたんだが」
喉元へ突き出された剣を半身になって避けながら、麻痺毒を塗った槍をお返しに振るうが、一歩下がって射程外へと逃げられる。
「……」
停戦交渉は無言で拒絶され、再び鋭い剣先が腕を切り落とさんと踏み込みを伴って振り上げられる。それを槍を返して叩き落し、追い払うように穂先を振り上げる。
一体なぜこんなことになっているのか。原因は昨晩襲ってきたあのクソアマ。コイツはたぶん、あれのパートナーか何かなのだろう。どういう説明を受けたのやら、日が昇るなり俺に決闘を申し付けてきた。最初は当然断った。が、それも無視されて、優雅……とは程遠い船上の朝食を満喫する間もなく、襟首をつかまれデッキに引きずり出されて、面白がった船員が俺の部屋から槍を持ってきて、今に至る。
クソアマのように半端な腕なら鎧袖一触にできたのだが、こいつの場合は半端じゃない。一秒気を貫けば首が三度は落とされる。
それで死ねるなら別にいいのだが、問題は死ねない事。一人二人に死なないところを見られただけなら、そいつが話を流したところで幻でも見たのだろうで済まされる。しかし十、二十となると、そうもいかない。
不死なんて珍しいもの、あっという間に騒ぎが広がるだろう。村に、街に、そして国にと広がって、結果どうなるかは考えたくない。というかそこまで考えてたら首が物理的に飛ぶ。
「なんで本気を出さない」
「本気で避けてるんだが」
一発打ち込めば防ぐか避けるかされ、その礼が十倍の剣戟になって返って来る。わずかな隙もなく、ひたすらに防戦一方。一撃掠りさえすればそれで勝負がつくのだが、掠りもしない。かれこれ十分以上はこうして打ち合っているのに、まったく次の手が読めないのはどういうことか。俺に才能がないということだろう。
しかし、それで本気を出していないと見られるとは泣ける話だ。
「馬鹿にして!」
一寸、手を止めてくれた。が、どうにも話し合いをするつもりは微塵もないようで、未だに殺意は衰えず肌を刺し続ける。
俺が一体何をしたというのだ。なぜこんなにも恨まれなければならないのだ。ただ喧嘩を売って来た馬鹿を川へ投げ落として盛大に馬鹿にしただけじゃないか。
……ひょっとしてそれか? ひょっとしなくてもそれだ。
「こっちばかり本気なのに、そっちは全く殺意がない。これで馬鹿にしてないと?」
「人殺しはしたくなくてなぁ」
その気になれば、人間一人なんて船ごと灰にすることもできる。
その気になれば、突きの一撃で武器ごと体を微塵に砕くこともできる。
その気になれば、揮発性のある致死毒で嬲り殺しにもできる。
そうしないのは、人間を殺したくないから。バケモノを殺すのは平気だ、それは人間じゃないし、それが仕事だから。人間を殺したくないのは、その倫理だけが前世との最後の縁だから。こんなにも平気で人に殺意を向けられるような命の軽い世界で、自分だけが違う。下手をすれば永遠に続くこの生で、ただそれだけが、心の支えなのだ。
失いたくはない。
なんてことは全くなくて、単純に殺したら後が面倒だから。これに限る。殺さなくて済むならなるべくそうする。
「やっぱり馬鹿にしてるんだな」
「馬鹿と思われたくないなら武力じゃなく言葉で戦え。それが賢者のやり方だろう」
構えを解いて、敵意がないことをアピールする。これで相手が話し合いに応じてくれれば万歳。だが、世の中そう思い通りにはいかないものだ。
相手の呼吸の調子が変わった。一瞬の動きの変化、大技のための、予備動作。あきらめた時には、既に動いていた。
「阿呆が」
ボッ、と音を立てて、空中に出現する炎の壁。猛獣の火輪潜りは、輪の中を潜るから火だるまにならないのであって、火の壁に突っ込めば当然焼ける。焼け死なない程度に温度は下げてあるが、それでもお灸にしては少々熱すぎる。
自ら動き出した勢いを止められず、哀れ男は火達磨になり足元を転がる。彼の全身を覆う火を消せば、露出した部分は当然焼けている。元の色男の顔など見る影もなく、ただれた皮膚が赤く染まって醜いばかり。医学の発達した前世でも、元通りには戻せまいが、こちらの世界には魔法なんて摩訶不思議で便利なものがある。もしかすると治せる可能性もあるだろう。
「頭冷やして来い」
苦痛にのたうつ男の腹をサッカーボールよろしく船外へと蹴っ飛ばせば、これで騒ぎはお終い。
「タクト!」
と思ったが、元凶のクソアマを忘れていた。しかしあの男の名前はタクト、と言うらしいな。非常にどうでもいいことだが。
「心配なら、魚のえさになる前に拾い上げてきたらどうだ」
ついでに元凶の女も有無を言わせず、言う前に川へと放り込んだら、さあこれで本当に騒ぎはお終い。槍の穂先を拭き、カバーをかぶせたら、歓声を上げるギャラリーを手で追い払って、中断させられた飯を食いに船室へと戻る。全く無駄な時間と労力を使った、腹が減って仕方がない。
というわけで飯だ飯。本日のメニューは主食に砂糖のかかっていないラスク、スープは干し魚を戻して塩で味付けしたもの。干し肉と生野菜。野菜を覗けば、これぞ船乗りの飯、というメニュー。調べたこともないのでただのイメージだが、大体あってた。
見た目の感想は置いておいて。
「いただきます」
とりあえず食おう。味は二の次、腹が膨れたらそれでいい、という値段だったし。少々不味くとも気に住まい。
ラスクを口に放り込む。小麦粉の味だ。バターとかはあまり入ってないんだろうな、高いから。ボリボリとかみ砕くほどに、どんどん失われていく水分。口が渇いて仕方ないので、スープを一口。
「……」
薄い。出汁は魚からしっかり出ているんだが、塩気がほとんどない。むーん。不味くはない。不味くはないのだが、塩気が足りない。圧倒的塩気不足。ここで干し肉をかじってみる。
「むっ」
保存をよくするためか、しょっぱい。かなりしょっぱい。しかししょっぱい中にも肉のうまみが。これはもしや、と思いスープと一緒に食べてみる。おお、これはいい。塩気がないのは、スープと肉を合わせるためか。なるほどなるほど。これはうまい。塩気をスープが和らげて隠れた旨味を引き出してくれた。
今度は野菜で干し肉を包んで。これもうまい。しかし如何せん味が濃い。スープとの方が合うなーと思いつつ、咀嚼と嚥下を繰り返して、朝食はおしまい。
「ごちそうさま」
両手を合わせ、今日、これからどうしようかを考えるのであった。




