第27話 竜殺しと船旅 その2
遅くなりましたが更新です。短いです。
飛んで火にいる夏の虫。
船の下層で行われている饗宴を表現するなら、その言葉が一番適しているだろう。虫共が火の光に誘われ焼かれるように、女に飢えた男達が美しい女(夜魔)の誘いに乗って財布を絞られに部屋へ飛び込む。
俺はあまり気分じゃないので、釣り糸を垂らして月の照らす水面を眺め続ける。
風流なものだ、船室から聞こえる男のあえぎ声さえなければ。
吐き出す精は彼女の食糧。吸えば吸うほど力を増す夜魔。疲れたからお終いということはなく、おかげでいつまでたっても終わらない。儲かるのは結構なことだが、そのかわり眠れないのは少しイライラする。商売を許可したのを少しだけ後悔した。
最初は船員だけ、という話だったのだが、「彼女が夜魔で「間違い」をいくらでも許容してくれる」とどこかの馬鹿が口を滑らせてくれたおかげで商売は大盛況。日が沈んでからずっと声が途切れることはなく、未だに船に乗っている男たちが彼女の部屋へ行列を作っている。
「やあ、釣れているかい」
あくびをしていると、後ろから女に声をかけられる。
「獣の叫びで魚が逃げてる。ボウズだよ」
ぴっと竿を引き上げると、水滴で月光を反射する糸と、そのさきについた餌つきの針。始めてからずっとこの調子で、いい加減に飽きてきた。しかし釣りを切り上げて寝ようにも、ここまでうるさいと寝付けないか、悪夢を見る事間違いなし。
「いやぁ、まったく嫌になるねぇ。男どもは、どうしてああも女の体に夢中になるのか」
「俺も男だからわからんでもない。他に楽しみがないなら、自然とそうなるだろうさ……不快なら謝るよ。奴らが相手してるのは、俺の連れだからな」
「……」
途端に閉口。あちらから声をかけてきたのだから、もう少しおしゃべりな奴かと思ったが、下の争乱の原因が俺にあると知れば口も閉じるか。
「なるほど。君も下の連中と同じ。いやそれ以下の屑というわけだね」
「一応言っとくが、連れは夜魔で、本人の意思……つーか食事だな。やましいことは一切ない」
やらしいことはあるが。
しかし、こちらの世界でも少女に性的な奉仕を強制させ金を稼ぐのは悪らしい。禁ずる法律もあるのかもしれないが、司法の本など読んだこともないのでそこはわからない。なかったとしても、強制する、というのがよくないんだろうな。
人は本来自由であるべきだ。うん。望まぬことをすべきではなく、またそれを他者から押し付けられたなら拒否すべきである。また自己も他人に強制してはいけない。いいな、実に健全だ。
俺の状況は全く望まぬものだが、それだけに現実を嫌い、理想にあこがれる。
「この腐れ外道が!」
剣が鞘をすべる音がしたので、釣り座を置く。
こういうのはたまに居る。人の話を聞かず、勝手な判断で動いて周りの人間に大変な害を振りまく輩。迷惑極まりないくせに、自分はそれが正しいと信じて疑わないから、余計に質が悪い。
竿を置いて後ろを向くと、振り上げられた県が煌いた。
「私が成敗してくれる!」
「はいはい頭冷やしましょうねー」
当たり前のように真剣白羽取り。手がちょっと切れたけどどうせ再生するので問題なし。股に足を入れ、後ろ――船外――へむけ蹴り上げる。
「うわわぁ!」
一秒ほどの悲鳴の後に着水音。残念、もとい幸運なことに船は停泊しているので溺死することはないだろう。彼女がカナヅチでなければ。
「……」
さて。この手に残った剣。よくみれば高価そうな代物だ。
「てい」
少し力を入れて、真ん中でベキッとへし折ってやる。話も聞かず、いきなり剣を向けられたのだ、このくらいは当然許される。鬱憤は少し晴れたが、まだ足りないか。
折れた剣を水へと投げ込み、思い切りあざ笑ってやる。
「あんたの剣はもろいなぁ! どんな安物使ってたんだ!? 船に乗る金も股を開いて稼いだんじゃないのか!? ハァハハッハァ!」
「ーー!」
「え!? なに!? 全然聞こえないんですけどぉ!?」
瞬間、銀色が昇って来た。狩りの中で鍛えられた動体視力で、その正体がナイフと判明。痛いのは嫌なので受け止めて、手すりに刺して、もう一度笑ってやる。
「自分が屑と罵った相手に見下されるのってどんな気分!? せっかく投げたナイフも受け止められて悔しい!? NDK! NDK!!」
よし。ちょっとすっきりした。
「助けてほしいか?」
「……」
返事はない。針を外した釣り糸を垂らしてやると目ざとく掴み、糸を手繰って船の外壁をよじ登って来る。見ていて蜘蛛の糸、という短編小説を思い出した。あれはカンダタという極悪人が地獄に落ちて、生前蜘蛛を助けたのでお釈迦様が糸を垂らしてくれたのだとか。それを手繰って、地獄から極楽へと登ろうとした話。最後には糸が切れて再び地獄へ落ちたのだとか。
しかし、女と言え度なかなかやるようだ。直径一ミリもないような糸一本を掴んで水面から上がって来るなんて。筋肉もりもりのマッチョでもなかなかできないだろうに。
さあ、そうして物思いにふけっているうちに、彼女があと少しで登り切れるというところまでやってきた。
ところがここで、さっき彼女自身が投げたナイフが出てくる。
「因果応報って知ってるか? 善行も悪行も、自分でやったことは自分に返って来るって意味だ。良い言葉だぞ」
「待って! お願い!」
こいつがこれまでにどれほどの善行を積んでいようが、俺はそのことは知らないし、お釈迦様でも仏様でもない、偏狭な心の持ち主だ。自分を罵り、剣を向けてきた相手にどうして情けをかけられようか。
制止を無視して、彼女にも見えるように、ナイフに糸をひっかける。体重で張り詰めた糸は、簡単に切れて、彼女は再び暗闇へ真っ逆さまに落ちていき、高々と上がった水しぶきが頬にかかる。
「あぁ、すっきりした」
しかし、落ちていく瞬間の表頭ときたら。なんと滑稽だろう。あれだけで襲われたのも許せてしまうほど、おかしなものだった。




