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第21話 竜殺しと仕事話

 ザワ……ザワ……

 セミの鳴き声ほどではないが、そこそこの音量のざわめきがギルドの中で響いていた。いつもは飲んだくれて床に転がっているオッサン達が珍しく素面で起きて、真剣な面持ちで話し込んでいることから、何事か重大な事件が発生していることがうかがえる。

 普段ならああ、そうなの、へえへえ大変だねえと適当に流して、報酬を受け取って家にまっすぐ帰るところなのだが、今日ばかりは大きくわけが違う。耳に入る単語の中に、ドラゴン、あるいは竜といった言葉が混じっているのが気になったからだ。さて、竜と言えば我が使命と復讐、二つの因縁により殺すべき敵と定めている種族だ。前にも言ったが、最強であり、災厄とも扱われるその生物は、なかなか姿を現すことは無く被害はおろか、目撃情報すら滅多に出ない。それについこの間一匹狩ったところだ。

 俺が豚を狩りに出かけている間に一体何があったのだろうかと、近くに居たオッサンの肩をつついて尋ねる。

「何が起きてる?」

「ああ、なんか北の開拓村が竜に襲われた、とか捕まえられた盗賊が話してたらしくてな。調査隊を送るかどうかの話し合いの最中だ」

「なんだと?」

 酒臭い息と共に吐かれた言葉、悪臭をこらえながら聞き返す。その方角にある村といえば、少し前まで自分が住んでいたところではないか。

「詳しい話は受付の紙に書いてある。らしいから見てこい。酔っ払いの口から聞くよりその方が確実だ……俺はまだ飲み足りんから、静かなところに退散するよ」

「ありがとう」 

 去る酔っ払いを見送ってから、群れを成す男ども、たまに混ざる女をかき分けて受付窓口へと進む。そこのけそこのけ竜殺しが通る。そうしてなんとか窓口へたどり着き、張り出された巨大な羊皮紙に書かれた文字を読む。

『北の開拓村に竜種出現の報告あり。偵察部隊を編成するため、志願者求む。報酬は下記のとおり』

 なるほど、騒ぎになるわけだ。報告が本当の場合は、有象無象の凡夫たちが竜相手に逃げ帰るという、レベル1勇者がラスボスに挑みかかるような無茶ぶり。危険度に見合わない報酬だが、虚偽報告なら行って帰るだけ。楽な仕事だ。

 コインの裏表、どちらが出るかの賭け。賭けた方が出ればよし、出なければ破滅が確定。そんなギャンブルに参加する命知らずが何人いるのやら……と参加者名簿を見る。一人、二人、三人。その内の二人は、先日のスライム退治に一緒に出かけた二人。もう一人は見知らぬ名前。そりゃそうだ、ここに来てから共同の仕事なんて一度しかしてない。基本一匹オオカミ、もといぼっちだから他のハンターの名前なんぞ見ることはあっても覚えることなんてあるはずない。かかわりのない相手なら、なおさら。

 羽ペンを取り、署名。後ろのざわめきが大きくなる。何を言うのか、ただ仕事の登録の名前を書いただけだろうに。

「ようこそろくでなし。ご協力ありがとうございます。どうぞ、こちらへ」

 ウェイトレス兼受付補助が、署名を見て手招きをする。協力者に対してはなかなか雑というか、ぞんざいな扱いだが、悪くない。むしろ良い。興奮する。美人からのアクションは一部例外残り良いものだ。

「募集はこれにて閉め切りまーす!」

 そっと、署名用の紙を持ち去る彼女の手は、水仕事で荒れはしているものの、仕事人の手という感じで美しかった。視線に気づいたのか、彼女はこちらを、まるで道路に不法投棄されたタバコの吸い殻のように、嫌悪感たっぷりににらみつける。ああ、ますます興奮する。

 その視線に引き込まれるまま、扉一枚潜って別の部屋へ。ここに来るのは二度目。そこに居たのは何時にも増して顔色の悪い受付君と、バカップル、巨峰を二つひっさげた美人が一人。口説くか。否、家に帰ればロゼという美女が居るではないか。あれはまだ食べるには熟れていないが。

「あ、お久しぶりです」

「……」

 カップルの片方はこちらを見て複雑な表情を浮かべ、もう片方は安堵したような表情を見せる。俺のような実力者が一緒なら、竜が相手でも怖くないと。そりゃ買いかぶりすぎだ。俺は他人を守れるほど強くはない。むしろ弱い。自分自身の力なんて、少し力が強い程度。竜の鱗を貫けるのは神様のおかげ。火の魔術と死ねない体は竜のおかげ。どちらも他者から渡されたもの。アテにしちゃいかん。

 で、女の子の方にいい顔をされないのは、好きでもない男に一度裸に剥かれて全身くまなく洗われたんだ。そりゃいい顔はしないだろう、俺だってそうする。

「そちらの方とは、はじめましてですね。私はアイン・ジェイソンと申します。しがない狩人をやっております、どうぞよろしく」

「ご丁寧にどうも。私はシルマ・ハーネスと言うのです。国に所属する騎士なのです。此度の報告を受け、ギルド所属ではないのですが、臨時に偵察隊に参加することになったのです」

 丁寧にお辞儀をしてから、特徴的な語尾で自己消化をしてくれた、茶髪のロングヘアを後ろでくくったシルマさんと握手を交わす。

「国の騎士さんてことは、あれだ。実力も相当なもんなんでしょうな」

「いえ、そんなことはないのですよ。私の実力など、騎士団の中では下の下なのです」

「まあそれでも、国の騎士団と言えば精鋭の選りすぐり。その中の下であっても、そんじょそこらのハンターよりかは余程お強いんでしょう」

「え、えと。まあ、そうなのですね」

「へぇへぇ。ハンターだけ置いて一人逃げ帰るなんて真似はしないでくれよ」

 思ったことを指摘した途端に、目つきが一瞬で剣呑なものに変わった。どうにも図星を指してしまったらしい。大きな街だし、国の騎士が出張って来ることもまあ不思議じゃない……しかしそれならなぜギルドに人手を出すように要求するのか。それがわからない。

「申し訳ありませんが、それが仕事なのです。竜を倒すには多くの準備が必要なのです。その準備をわずかでも早く始めるために、情報は必ず持ち帰らなければならないのです。しかし、もし報告が虚偽であれば、あなたたちは得をするのはずですので、どうか許してほしいのです」

「んん、まあ俺は構わんのだが」

 死ぬ前提の作戦でも、どうせ死ねないし。こいつがどういう考えを持っていようと、自分が竜を殺すのには変わりない。そのために生きているのだし。

「そっちの二人はどうなんだ。竜を前に置き去りにされても問題ないのか? 竜は空を飛ぶ。一度狩る気になれば、時間稼ぎの囮なしではとても逃げられないぞ」

「目撃証言が本物かもわかりませんし」

「火のないところに煙は立たない。竜でなくとも、危険度の高い大型の魔物くらいは居るはずだ。それを相手にできるか? スライムごときに遅れを取った未熟者が。楽して小遣い稼ごうとして、命を落とすこたない」

「変態の癖に偉そうに。報酬の取り分を増やしたいだけじゃないの」

「お嬢ちゃん。三つほど言わせておくれ。一つ、男は皆変態だが、命の恩人に向けて言う言葉じゃない。二つ、死にたいなら一人で首つって死ね。そっちの兄ちゃんを巻き込んだらかわいそうだ。三つ、俺はこんな小遣い程度の金で他人を押し退けるほど金に困っちゃいない。家と奴隷を買っても懐に余裕がある」

 嫌味たっぷりに言ってやると益々憎々し気な顔をして口を噤んだ。

「そう睨むな、綺麗な顔が台無しだ。恋人に嫌われるぞ?」

「煽らないでください、恩人を殴らせたくない」

「そりゃ申し訳ないね。まあ、命が惜しけりゃやめときな」

「あなたはどうなんです。死ぬ危険が高いっていうのに、命が惜しくないんですか」

「俺か? 俺は……竜が仇だ。何と引き換えにでも殺さなきゃならん」

「竜殺しを望むなんて、明らかに無謀なのです」

 誰だってそう思うだろう。しかし、既に一匹殺しているし、不可能ではないのだ。竜殺しの栄誉など、一庶民の身には巨大すぎる代物なので触れまわるようなことはしないが。

「まあ、そりゃわかってる。しかしやらなきゃならんのだ」

 そうだ。いくら無謀でも、いくら時間がかかろうとも、やらなければ死ねない。解放されるためには、奴らを殺さなければならない。

「で、どうする。行くのか?」

「行くわ。私にもプライドはある。ここまで馬鹿にされたら、行かないとは言い出せない」

「こいつが行くなら、俺も行かないとは言えない」

 命知らずの馬鹿が二人、と。騎士さんの実力は未知数だし、カウントには入れまい。

「死に急ぐか。それもよかろう」

「……では、話もまとまったようですので、出発の用意を」

「出る前に、一度家に戻らせてもらう。騎士さんと自分だけならともかく、馬鹿二人を生かして返すには槍一本じゃ心許ない」

 いざというとき、見捨てると言わないために。我ながらなんてお人よしなのだろうな。

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