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第20話 竜殺しと豚退治

 新たな街での、奴隷と一緒に暮らす生活にも慣れてきたころ。いつも通りに生活費を稼ぐためギルドへ寄り、仕事の依頼を受けようと酔っ払い共をかき分け窓口へ。張り出されている依頼はやはりいつもと変わらない。討伐依頼はゴブリンかオークか。それ以外だと雑用が大半。前のスライムのように、怪しい依頼は特になし。

 今日も醜い豚どもを肉塊に変えてやろうと、オーク退治の依頼を選択しようと手を伸ばしたら、その横に新たに一枚依頼書が貼られた。内容は野盗退治。生死は問わず。ランクは7から。報酬はオーク退治よりもずっといいが、敵の詳細が不明。やめておこう。魔物退治はよくても人間退治は好きじゃない。なぜって、自分に近しい姿のものを壊すのは、誰だって抵抗があるだろう。苦痛の表情とか、怨嗟の言葉とか、記憶に残ると嫌じゃないか。

 なんで、予定通りオーク退治の依頼を受けることにする。紙をぺりっと引きはがし、受付まで持っていく。あれだけ条件のいい仕事なら、きっと他の誰かが引き受けるだろう。

「いらっしゃい。今日もいい仕事日よりだな。で、仕事はオーク退治……また魔物退治か、好きだねえお前さん」

「元々狩人の育ちでな。その方が向いてるのさ」

 それに、どんどん狩らなきゃ槍を買うのに使った金が回収できない。さっさと回収したいなら人狩をすればいいのだが、それは個人的に嫌なのでやめておく。依頼のえり好みができるのは、竜を殺したおかげで入った大金のおかげだ。感謝しなければ。

「いいベトコンは、もといドラゴンは死んだ奴だけ、か」

「何か言ったか?」

「何も」

 だから、これからもいいドラゴンを増やすためにどんどん狩ろう。これから毎日竜を狩ろうぜ……毎日狩るほど居ないか。そんなに個体数が多かったら今頃世界中の都市という都市は全て焼野原になっているはずだ。それとも個体数は多いが、あの竜の親玉が抑えてるだけか。

 まあどっちでもいい話だ。いずれ全部殺す予定には変わりない。それよりも今は目の前の仕事に集中するべき。遠くの大金より目先の小銭よ。

「じゃあ行ってくる」

「気を付けてー」

 相変わらず血色の悪い顔をした受付君の声を背に受けながら、扉を開いて表通りへ。それからギルドの運営する厩舎で一頭レンタルし、槍を負ったまま馬に乗り、腹を軽く蹴って歩かせる。目的地までは、馬の足で片道二時間ほど。それだけの時間馬に乗り続けるなんて、想像するだけでケツが痛くなるが、自分の足で歩くのとどちらがマシだろうか。

 疲れない分、こっちの方がいいな。



 そうして、馬に揺られること二時間。山道を進み、草木をかき分けて森の深いところまで入り、獣の匂いが強くなってきたところで馬を降りる。既にここは連中の縄張りの中、待っていればいずれ向こうからやってくるだろう。

 しかし、豚の一匹二匹でこれほど強く臭ったりはしないだろう。普通なら、すぐ近くまで寄ってようやくわかる程度の臭いなのに。こりゃたぶん……

「巣があるな」

 オークが巣作りするとは珍しい。となると、子豚も居るだろうか。オークの成体は臭みがあって美味くないが、子供はそれほど臭いがなく肉も柔らかくて美味だと聞いたことがある。食う、寝る、ヤる以外にはあまり娯楽のない世界だし、美味い食事には興味が尽きない。もし居たら持って帰って、夕飯は子豚の丸焼きにしよう。

 しかし、相手がオークだからいいものの、人間にすりかえるとかなりひどい事をしようとしているな。静かに暮らしているところを襲撃して家族を皆殺しにして、子供をさらって飯にする。竜にも劣らぬ鬼畜外道の所業。

「ま、いっか。人間じゃないし」

 枝が揺れ。木の葉が落ちる。槍を抜き、片手で真上に振り上げる。

 ガツン、と。槍を伝って衝撃が伝わる。自重、重力、落下速度、三点の合わさった強烈な一撃だったが、腕一本で受け止め、一瞬の拮抗、そこから槍を振り抜き、汚臭を振りまく肉の塊を弾き飛ばす。

 太枝を削ったような、粗雑な棍棒を持った豚人間は地面を転がりすぐに立ち上がる。距離を置いたのを確認してから槍の状態を見てみる。安物なら折れていてもおかしくない一撃をあえて受けたが、どうだろうか。

「こいつはいい」

 折れたり曲がったりするどころか、傷一つない。これはいいものを買った。

「フゴ! フゴォ!!」

 豚が太い棍棒で急所をかばいながら突っ込んでくる。何も考えてなさそうに見えるアホ面だが、刺されたらマズイ場所がわかり、それをカバーする程度には知能があるらしい。そして、自分の体重が速度を乗せればそのまま武器になることも。

「んでも所詮畜生か」

 左手は軽く握って、右手で槍を引いて。突きを一撃。構えられた棍棒は飴細工のように容易く砕かれ、その先にある豚鼻を穂先が触れ、棍棒と全く同じように破砕した。さながらスイカ割のように。そして頭を失った体は勢いを操ることもできず倒れ、転げて止まる。

「他愛なし、と」

 一人で狩りもできなかった幼少の頃ならいざ知らず。竜も殺せるようになった。なってしまった俺が、今更オーク一匹に遅れを取るなどありえない話。遅れを取ったところで死ねないから、必ず殺し返すし。どちらにせよ豚どもに勝ち目などどこにもない。しかし、哀れとは思わない。人の目に付かない場所で生きていればよかったものを、わざわざ進出してきたのが悪いのだ。

「さあ狩るぞー。どんどん狩るぞー」

 そこからは、巣から遠ざけようとするように迎撃の手を増やすオーク達を片手間に蹴散らしながら、まだ見ぬ子豚の味に思いをはせつつ、臭いの濃くなる方向へ足を進める。奥に、奥に。さらに奥へ。アリの巣をつついたようにわらわら出てくる豚どもは一匹残らず動かぬ肉塊に変えて……と。そして、連中の巣らしき洞窟を発見する。

 ここまで来るのに殺した豚の数はすでに十を超え、まだ穴の中には控えが居る気配がある。ゴブリンと比べて個体数の少ない豚が、こんなに一度にたくさん出てくるなんて、滅多にないことなのだが……

「ふむーん」

 子豚の丸焼きはあきらめようか。これだけの数が居るのなら、巣にもぐったが最後、豚にケツを掘られるあの悪夢をまた見ることになるだろう。中に入らずに駆除するのに丁度いい方法もある。

 片手の人差し指と親指で輪を作り、軽く息を吹き込むと、マッチを擦ったような小さく弱弱しい火が出る。俺が使えるたった一つの属性。といっても、俺が使ってるというよりかは、力を借りている、の方が近いが。

 忌々しいが、便利でかつ使えるものは使わなければもったいない。それがたとえ竜の力でも。

「スゥ……フゥー」

 息を大きく吸い込んで、吐き出す。今度はさっきのような小さなものではなく、炎の壁とも言えるほどの大火が洞窟の入り口を覆い出口をふさぎ、次いで、より勢いを増した炎が内部へと吸い込まれていく。いくら洞窟の中、多勢で待ち構えていようと。内部構造がどれだけ複雑であろうと。その隅々まで炙ってしまえば関係ない。

 おまけにこの炎は魔法の炎。化学反応ではなく熱という概念が火の形をとって具現化したもの。酸素の有無は関係なく、魔力を注ぎ続ける限り火は消えない。注げば注ぐほど、熱量と火勢は増す。

 そして、ここに注ぐ魔力は世界最強と名高い竜。あるいは神とも呼べる者から引っ張ってきているもので、閉鎖空間全てを火で埋めたところで尽きる気配はなく、それどころか全く減った気がしない。アレが世界を焼き滅ぼそうというのも、非現実的な話ではないな。

「あちっ」

 内部をすべて焼き尽くしたか、炎が逆流し入り口から噴き出して手にかかり、燃焼の過程の一切を飛ばして腕が灰になる。慌てて魔力の供給を止め、火を消し去る。視界を遮る壁は消え、赤熱する岩石に照らされた洞窟の内部が明らかになった。

 あの中で生きていられる生命は、原初の竜を除いて存在すまい。中に入って連中の死を確認するまでもない。いやそもそも、灰すら残らず蒸発しているだろう。確認のしようもない。何にせよこれにて依頼は達成。

「帰りますかね……いやぁしかし、楽な仕事だった」

 これほど楽で、儲けもそこそこ。死ぬことができないこの体質も相まって、狩人はまさに俺の天職と言っていいだろう。

ひゃっはー!汚物は消毒だ―!

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