第17話 竜殺しと依頼達成
糞スライムをぶち殺した後、穴に沈んだ二人のハンターを引き上げたが……まあ臭いこと臭いこと。ハーブを噛んでいなければ即死だった。そんな臭いの発生源の二人だが、気絶しているだけで命に別状はない。と思う。
脈はある、呼吸もしている。ただ、非常に臭う。気を失っているのは臭いのせいではなかろうか、というほどに。なので水の中に放り込んで洗濯してやった。ひゃっはー汚物は洗濯だー、という感じで(消毒ではなく洗濯。消毒したら死んでしまう)
水系の魔術が使えたらもっと早く、もっと綺麗にしてやれたのだが、残念ながらとある事情があって使えないのである。汚物に触れる不快感を耐えつつ、服を全部脱がしてざばざば洗う。顔以外を水の中につけて、武器を拭くための布で擦る。擦って落とす。頭のてっぺんからつま先まで隅々まで洗って、陸揚げして並べて天日干し。
若い女の肌に触れて興奮したかって? 確かに俺は変態だ。そこは認めよう。だが汚物にまみれた女体に興奮するほど特殊な性癖は持ってないし、綺麗になっても腐臭の中でヤるほど飢えてないし、最後にNTRは二次元以外で認められん。よって乳尻ふとももの触感と色を頭の中に叩き込むだけにしておいた。勝手に脱がして触ったことはあとで怒られるだろうが、まあそこは命を助けたということで許してもらおう。
「はぁ~いい天気だなぁ」
こんな日は酒でも飲みながらぐうたら昼寝したい。こいつらが早く起きてくれたらその分早く帰って、思う存分ぐうたらできるのに。いっそ置いて帰ろうか。いや、それはいかんだろう。このままにしてて魔物の餌になったらどうする。ギルドから責任を取れ、この馬鹿者と言われるのも嫌だし、寝ざめも悪いだろう。
少し手間だが、叩いて起こすか。
裸の坊ちゃんの肩を掴んで上体を起こし、顔に軽い往復ビンタを。
ぺちんぺちんと。起きない。
ならもう少し強く叩こう。パチンパチン。
まだだめか。バチンバチン。
これでもダメなら拳しかないんだが……少し前までいちゃついていたところを思い出すと、力加減がうまくできそうにない。殺さない程度には抑えられそうだが、最悪な目覚めになるだろう。だが、これだけやって起きないなら仕方ないよな、うむ。仕方ない。
しかりと拳を握りしめ、振り上げ、明確な敵意を向けながら振り下ろす。
「起きた! 起きたから待ってくれ!」
触れる直前にピタリと止めると、前髪が風に揺れる。惜しい、あとコンマ一秒目を覚ますのが遅ければ綺麗な花が咲いたのに。
「……チッ」
「ナンデッ!? 舌打ちなんでっ!?」
「目の前でいちゃついてるバカップル見て勝手に心を傷つけられた孤独なオッサンの八つ当たりだ。あと二人とも一回素っ裸にして洗ったが許せよ」
許されなくても腕力で許してもらう。もしくは救助費用を請求する。肥溜の中に手を突っ込むのはかなりの抵抗があったのを我慢して助けてやった上に、かわいそうだから全身をきれいに洗浄してやって、それで怒られるのは納得がいかん。
「……ぅ、うう。恋人の裸を他人に見られるのは、でも助けてもらったしなぁ」
「洗浄と脈と呼吸を調べる以外の目的では一切触れてない。どっちにもな。服はあっちの木に吊るしてある。俺は帰って寝るから、その子が起きるまでしっかり守ってやれよ」
彼女が目を覚ますまで間、人には言えないようなイタズラをするのもどうぞご自由に、だ。臭いが鼻の中に残ってたらそんな気にはならんだろうが……
「多分あの悪臭のせいで他の魔物だってしばらく寄り付かないだろうが、一応注意はしとけ。じゃあな」
「あ、ちょっと待ってください。すみません、それから、ありがとうございました」
何についての謝罪か。何についての礼かは、言われなくてもわかる。どこぞの女騎士と違って、ちゃんとこうした当たり前のことができるのは好感が持てるな。
それでも、このカップルとは一緒に仕事はしたくないが。実力もあるが、目の前でイチャイチャされたらどうも心がすり減って敵わない。いくら不死でも心は人間の物、デリケートなのだ。
二人を放置して単独で街に戻り、一番に寄るのはもちろんギルド。目的は、仕事の報告と報酬の受け取り。さすがに日が天頂まで登ったら、飲んだくれたちも解散してどこかへ消えて、代わりに暇になったウェイターやら料理人やらがテーブルを囲んで雑談をしている。普通なら、客が居なくても従業員がロビーでくつろいだりはしないだろうが、この街でこの程度のことをいちいち気にしていたら生きていけない。
談笑する彼らは無視して受付に。今度はちゃんと受付君が起きて仕事をしていた。顔色は……昨日よりはマシだが、それでもひどい。とても生きてるようには見えない。今ならゾンビと言われても信じられるだろう。
「よう。気分はどうだ」
「半日寝てたおかげでさっぱりしたよ。それと、すまない。昨日は正気じゃなかった」
「今更謝られてもなぁ」
第一印象というのはとても大事だ。相手への認識のほぼすべてがそれで決まる。しかもファーストコンタクトが強烈であればあるほど、より強くイメージが刷り込まれる。
いまさらどれだけ取り繕っても、こいつのことはもうただの変人としか思えない。当事者でなければ見てて楽しめただろうが、俺は被害者本人だしな。
「まぁそうだよな。そんで、ここでの初仕事はどうだった」
「水の代わりに糞を纏ったスライムが水源に居たから駆除しといた。一緒に行った二人は糞まみれになったから体洗って帰ってくるから少し遅れる。あとは、雑草が伸び放題だった。ちゃんと手入れしないとまた魔物か獣が寄ってくるぞ」
今まではあの悪臭で動物も避けていたんだろうが、それがなくなって腰のあたりまで草が伸びてたら、小型の動物にとっては絶好の住処だ。毒蛇やら毒虫やら。ゴブリンとかそういった小型の魔物も好きそうだな。
「手入れができてないから魔物が来たんじゃない、臭くて近寄れないから手入れができなかったんだ。そうと苦情が前々から来てて、昨日ようやく依頼を正式に出したところ。それから一日で解決なんて、ありがたいこった……で、どうやってスライムなんて殺したんだ……毒も魔法も使えないなら手こずる相手だろう」
「核を見つけて叩いた。それだけだ。報酬は?」
「それだけって……それが一番難しいんだがな。報酬は二人が帰って来たら一度に渡す。平等に分けないと喧嘩になることがあるからな。それまで酒でも飲んで待っててくれ」
「はいよ。ゆっくり待たせてもらう」
家の番はロゼがしてくれているだろうし……昼間から酒を飲むなんてのは、少し抵抗があるが。他にやることもないしまあいいか。飲もっと。