表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/44

第15話 竜殺しと若者

「昨夜はお楽しみでしたね」

「旅の疲れで寝てたから手は出してない」

 お約束ともいえるような受付のセリフを聞き流し、部屋の鍵を返して宿を後にする。奴隷として買った彼女とは、昨夜は本当に何もしていない。手出ししたい欲求は確かにあったが、それよりも睡眠欲が勝った。不老不死でも、精神は少々逸脱しているとはいえ人のもの。疲れは溜まる。

「そうでしたか。これは失礼を。ではお客様、またのご利用をお待ちしております」

「機会があれば」

 三歩後ろをついてくる奴隷を連れて、町を歩く。まだ日が上って早い時間、商業都市であろうこの街で活発に動いているのは、商品を店頭に陳列する店の人々と、夜の仕事から解放されて家に帰る人たち。前者は忙しさから、後者は疲れから、異質な二人組が人の流れに混ざっていても気にしない。


 そのまましばらく歩いていき、着いたるは小さな一階建ての一軒家。街の少し外れ、喧噪からは少し遠く、買い物するにも店からは喧騒と同じく少し遠い。前世の言葉で表すなら1LDK。しかも築十年と経っていない。だが契約料は安い。それはロゼという高額商品を買ったので少しサービスしてくれたのと、立地の問題。喧騒からは離れているが、ここらは墓を潰して作られた土地らしく、たまに出るのだとか。

 何が出ると言うと、もちろん幽霊。ゴーストとも。人の念を核として魔力が集まって生まれる魔物で、昼は太陽の光に負けて見えないが、夜になるとぼやりと光っているのが見える。視認されたと気付くと、集まった念の種類に応じた行動をとる、実体のない魔物。怨念なら人を害して命を奪おうとする、情念なら世の果てまで付きまとう……どちらにしても面倒な物。倒すには、集まった魔力より強い魔力を流し込んで塗り替える。それが唯一の手段。しかし散った念は消えないので、いずれはまた魔力を集めて再生する。魔力が低い、あるいは使えない人にとってはメンドクサイ奴。ちなみに結合は弱いのでデカい団扇で根気よく仰ぎ続けても消える。

「ゴーストが出るらしいが、大丈夫だよな」

 なのだが、奴ら実体がなく魔力が固まっている分、魔力の流れには敏感なのか竜との契約を嗅ぎ取ってすぐに逃げてしまう。呪殺してはくれないらしい。

「普通の人間より魔力は高いから、密度が低いなら大丈夫」

 ロゼも問題ないようなので家に入ると、奥のやや薄暗い空間にぼやりと光るゴーストが。しかし、俺の姿を見るなり逃げるようにして壁を抜けて去っていった。根性なしめ。

「……まあ、襲われることもなさそうね」

「だな」

 邪魔者は居ないようなので、家の中の探索を始める。カーテンを開いて陽光を取り入れ部屋の中を光で満たし、あっちへこっちへ。中は昨日見た通りの間取りに、昨日はなかった家具がいくつか。主に衣装入れや食器類。あまり変わらない。クローゼットの中を覗けば、日常用の服やら所謂コスプレというやつやら、まあ色々と。さすがに小道具まではなかったが、少しサービスしすぎではないだろうか。後で追加料金を取られたりしないか心配になる。請求が来ても払えないことはないが。

 台所へ行くと、かまどはあったが調理道具一式が見当たらなかった。包丁はナイフで代用できる、まな板は石の台を洗浄すればいい。しかし鍋はどうしようもない。

「後で買ってくるか。ロゼ、食事はどうするんだ」

「夜まで待てと言うなら待つけど、いつまでもお預けは辛いわ。ここでもらえるとありがたいんだけど」

 そうは言われても、朝早くから盛る気にはならない。朝は仕事の時間、そういうのは夜にやるものと決まってる。宿でもらったラスクとワインの入った革袋を渡して、それで我慢してもらう。俺は飲まず食わずでも死なない、というか死ねないから問題ない。

 竜狩り用の大弓と、買い物に必要な金だけ置いて、入ったばかりの家を出る。

「一仕事してくる。足りないものがあればそれで買っといてくれ」

「……わかったわ」

 残念そうな返事を背に受けながら街へ。目的地は昨日寄った酒場のようなギルドだ。

 道中でお約束のようにチンピラに絡まれたが、千切っては投げ千切っては投げ。まさに俺無双といった感じで……いや、本当に千切っちゃいないが。さすがにこの程度で流血沙汰起こしてたら街に居られなくなるし。

 少しするとチンピラのボスのようなガタイのいい奴が出てきたが、やはり人間相手に威張ってるようじゃまだまだ。有象無象と同じように放り投げて、カエルみたいに地面に叩き付けたら動かなくなった。

 それ以降、変なのに絡まれることはなくなったので、労に見合った成果が得られたとし、良しとする。


 なんやかんやあってたどり着いたギルド。朝早い時間なら酔っ払いも居ないだろうと慢心して扉を開く。

 頭を抱えた。

「うぇぇぇ気持ち悪ぃ……」

「水ぅ、みじゅぅ……」

「誰か、バケツくれぇ」

 死屍累々。ひどいありさま。昨晩は酔っ払いであふれていたが、その酔っ払いのほとんどは二日酔いでつぶれている。これでは掃除も大変だろう。

 倒れた酔っ払いを踏みつけないよう気を付けて受付窓口まで進む。そして窓口に居たのは昨日のウェイトレス、あの男が一人で切り盛りしていると聞いていたが。

「おはよう。昨日の男は?」

「おはようございます。あの人なら、昨日の晩から死んだように眠ってますよ。限界を超えて疲れが溜まってたところにデコピンもらったおかげでね」

「そうか……悪いことした」

「死なれるよりマシよ。じゃあ仕事を」

「受付本人じゃないのに大丈夫なのか?」

「本当はダメだけどバレなきゃいいの。あと、もう一つ。この街で初めて仕事するハンターは、他の人に同行してもらうんだけど、そこら辺はわかってもらえてる?」

「もちろん」

 狩場が変われば、狩りの方法も変わる。毒を使うなとか、街の近くで飛び道具を使うなとか。そういった細かいルールが案外色々とあって、違反をすれば当然罰則がある。罰則は軽いものから順に、口頭での注意、罰金、降格処分、ギルドからの除名、賞金を懸けられ指名手配。指名手配は生死問わず。よほどの事がない限り指名手配などされないので、まともな狩人生活を送って居ればまず縁のない話。

「あなたは毒を使うらしいけど、この街の狩場では毒の使用は一部例外を除き禁止。この町は水が近いから、汚染されると大変なことになる。それ以外、私から伝えることはないわ。現場のルールは現場の人に聞いてね」

「あ、そうなのか。じゃあこれはギルドで管理してもらえるか。家に置いてて、泥棒でも入ったら困る」

 各種の毒が入った瓶を受付の台に置く。昨日関所言われたことがなければ家で管理してただろう。

「いいけど銀貨一枚」

「タダじゃないのか」

「他の道具ならともかく、毒となると厳重な管理が必要だから。安い金を惜しんで家で保管して、泥棒に入られて、毒をばらまかれて、指名手配されるのとどっちがマシ?」

 具体的なリスクを説明されたら、払わないわけにはいかない。指名手配は勘弁してほしい。昨日は後先考えず散在しすぎたと思っている矢先の出費。少し手痛い。

「毎度ありがとうございます」

「守銭奴め」

「褒め言葉です。では、もう奥で待機してるパーティが居ますから、今日は彼らについていってください」

 本当は表で合流してもらうんですけど、このありさまですからね、と苦笑いしながら奥の部屋へ案内してくれた彼女の顔には疲労の表情が見えた。


「やあ、どうも初めまして」

「おはようございます。あなたが新入りですか」

 通された先に居たのは、若い男女二人組。見た感じ十代後半かそこら。男は小盾と剣を吊り下げ、女は弓を。前衛後衛、のつもりなんだろう。実力は不明。

「どうも、初めまして……お二人より歳は上ですが、この街じゃあなたたちの方が先輩ですので、どうぞよろしくお願いします」

 できるだけ下手に出る。初対面の相手には良い印象を持たれるに越したことはない。行動を共にするなら猶更だ。

「いや、とんでもない。実力ではまだまだです。むしろ僕らの方が教わることが多いはずですよ」

 謙遜かそれとも事実か。それは実際に狩りに出ればわかるだろう。

「私たちの得物は見ての通り、弓と片手剣です。お兄さんのは」

「素手、槍、弓、短刀。割となんでも……あとは毒を使うんですけど、ここじゃ禁止されてますから」

「ちなみに何年くらいハンターとして?」

「子供のころから仕込まれてますから、もうかれこれ十年以上。ですが狩っていたのはほとんどゴブリンとかの小物ですから、腕はまだまだ……もしかするとあなたたちの方が優秀かも」

 竜殺しなんて言っても正気を疑われるだけだし、そこは黙っておく。

「そんなことは無いです。僕らこの前はぐれオークをようやく倒したばかりですよ?」

「お二人の歳でそれはすごい」

 誇らしげに言う少年を見て、実力の予想がついた。オークを殺したなら下の上程度。駆け出しにしてはやる。オークは体がでかい分しぶといし力も強い。毒も使わず殺すには少し手間取るはずだ。二人の体格からしてそこまで力は出せないだろうし、一撃の軽さを手数で補って倒したか。

「お兄さんは?」

「今は一人で倒せますよ。しかしあなた方くらいの歳の頃はひどく苦戦して、親の助けを借りるほどでしたがね」

「やっぱり強いじゃないですか。よかったら今日はついでに色々教えてください!」

「では今日は教えあいになりますね」

 できるだけ笑顔を保つ。人に教えるなどはじめての経験だが、いつもやっていることをやって見せればいいだろうか。相手はまだ若い、やる気も十分。なら、狩人の技術も少しは吸収できるだろう。

「きっと私たちの方が教えられることは多いと思いますが、よろしくお願いします」

 二人と握手を交わして、ウェイトレスに向き直って依頼内容の説明を促す。この町での初仕事は、一体どんなものになるだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ