第11話 転生者と新しい町
あのクソアマを逃がして……いや実力差からして見逃してもらった、が正しいか。いくら悔しくとも現実は正しく認識しよう。全力で相手しても全く効いた様子がなかったし、あっちからしたら遊びに来た程度の感覚なんだろう。
まだまだ修練が足りないな、と自覚。しかし教えを乞おうにもアテがない。そも竜相手を想定した武術などこの世に存在するのだろうか。いやしかし相手は一応人型を取っているのだから、人相手の武術を習えばある程度通用するだろうか。
ともかく、それから丸二日。馬の体調も見ながらぼちぼちと進んでいると、ようやく関所が見えてきた。商用道路の道中に設けられた関所。盗賊などから逃げてきた商人を保護するための。商人に偽装したテロリスト、あるいは工作員を街に入れないための小さな門。これがあるということは、町までもう少しということだ。
「止まれ」
「へいよー」
やる気のない声を出して、命令に従う。ログハウスのような詰所から出てきたのは、動きやすそうな革の鎧を纏い、剣を腰につり下げた男たち。御仕事ご苦労さん、是非そのまま適度に仕事を頑張ってくれたまえ。この道の平和は君たちにかかっている。
「通行証はあるか?」
「無いよ」
「じゃあ身分証」
元の世界でいえば、運転免許証的な。ハンターとしての活動を証明する小さなカードを巾着袋から取り出して渡す。これ一枚あれば、この国の中限定で他の身分証が何もいらないと言われる、便利アイテム。ちなみにこの世界にパソコンやインターネット、電子通信機器は存在しないので、確認はアナログ手法で行われる。
薄い紙に正確に写された模様と、ギルドで押してもらえる蝋印(紙に溶かした蝋を垂らし、その上に型を押し付けて作る印)を重ね合わせて、差異がないかを確認して。もう一つ確認。
「名前と、荷物は?」
「アイン・ジェイソン。荷物は服、狩猟用の毒と武器。馬と自分の食糧」
馬に括っていた荷物袋の封を開いて中身を見せる。毒瓶は他人が触れたら危険なので、腰に巻いて肌身離さず持っているのを。
「毒?」
「狩り以外には使わんよ。賞金稼ぎに追っかけまわされる生活なんて想像したくもない」
「それは結構。だが管理はしっかりしとけよ。この先の街は人が多い分、変なのも居るからな。盗まれてばら撒かれて死人が出たら、お前のせいになるぞ」
「忠告痛み入るよ。で、通行料いくらだ」
「銀貨五枚」
「ほいどーぞ」
財布から言われた金額を出して渡す。聞いてたよりも通行料が高いが、多分薄給の足しにしようと吹っかけてるんだろう。普段なら指摘して訂正させるだろうが、今はたんまり金が入ったので細かいことは気にしないでおく。金のない辛さはよくわかるし、欲があるのもわかってる。
「通っていいぞ。街までは、馬の足ならすぐに着くだろうよ」
「仕事お疲れさん。ありがとよー」
馬に乗りなおし、腹を軽く蹴る。ブヒン、と一声馬が鳴き、軽快な蹄の音を立て、風を切って進んでいく。日が落ちるまでに着けば、野宿も回避できていい。星を眺めながら寝るのも悪くはないんだが、虫やらなにやらが鬱陶しいのでやはり寝るなら屋根のある場所に限る。
そうそう、次の街へ着いたら馬を売って、宿はどうしようか。家を買えるほどの金はないが、借りてしばらく何もしないで生活できる程度にはある。しかし何もせず生活するというのは、前世の社畜生活で魂にまで染みついた社畜精神のおかげで落ち着かないのでパス。
そうなると金が余るわけだが……その金で奴隷でも買ってみようか。前世で流行ってたライトノベルでは半ばお約束のようなものだし。俺みたいな不老不死のバケモノに付き合ってくれるマトモな女の子は居ないだろうし、それなら奴隷を一人買って死ぬまで身の回りの世話をさせるというのもいいかもしれない。そうしよう。
そうしてやってきた次の街。大きな川に沿うように発展し、水上には何隻もの商船と思しき船が並ぶ、お手本のような商業都市。これほど大きな街なら仕事も沢山あるだろうと期待してどんどん街の中心へ進む。途中で詐欺らしき人に怪しい壺を売りつけられそうになったり、化粧がやたら濃くて露出も激しい娼婦がまだ明るいのに客引きしてたりと色々あったが。なんとか案内人を見つけてギルドの建物に到着。前の町よりも、建物の規模が随分大きい。
初めて来る場所だが、規模だけ大きくて中は似たような感じなのだろう。そんなことを思いつつ、扉を開けて中へ。
度肝を抜かれた。
「ヒャッハー! 酒だー!」
夜はまだだというのに飲んだくれが集まっていた、そんな現実は無視して受付窓口はどこだろうと建物内を見渡す。酒と料理を運んでくるウェイトレスのケツを触って膝蹴りを顔に決められ、床に沈む腹の出たオッサン、を見て笑う酔っ払い多数、を見てため息をつく、受付らしき場所に居るオッサン。あそこだな。
酒臭い男達の間をすり抜けて奥へ、奥へ。窓口正面の椅子につくと、受付がようやく顔を上げた。目の下には色濃い隈が見え、表情にはハッキリと疲労の色が浮かんでいる。
「見ない顔だな。新人か?」
「その通り、違う町から引っ越してきました。金証の換金と、ハンター登録。あと色々と教えてもらいたいんですが」
一応初対面の相手には敬語を。これから世話になるのだし、第一印象は良いに越したことはないのだ。
「あぁ、やっとマトモそうなハンターが来てくれたか……ここじゃ騒がしい。ついてきてくれ、奥の部屋で話をしよう」
会ってまだ一分と経っていないのに、ここはここで苦労してそうだな、と察してしまえるこの顔色と雰囲気。ブラック企業従業員の日常を覗いてしまった気分。
促されるままに奥へと入ると、そこそこ立派なソファとテーブルが並んでいて、さながら来賓室を思わせた。
「ハンター証を」
「これ」
「名前は、アイン・ジェイソンさんね……えっと、武器は弓、槍、短刀、毒。登録日は八年前の、ランクは三……年のわりに若いな。あと働いた年数の割りにランクも低い。普通なら五くらいに上がってるはず」
「老けにくい家系と、辺境の開拓村でやってたもんだから、ゴブリン退治以外に大した仕事もなくてですね。何か問題でも?」
「いいや、何も。昼間から飲んだくれたりせず、ちゃんと働いてくれるなら大歓迎だ」
それなら問題ない。やることはちゃんとやる。
「書類を持ってくるから、少し待っててくれ」
受付の男が席を立ち、建物のさらに奥へと消えると、入れ替わりに表で料理を出していたウェイトレスが水を持ってきてくれた。
「冷えた水です、どうぞ」
横から伸びる腕。細くしなやかな指に、わずかについた水滴が窓から入る光を反射して光り、なんとも言えないエロスを醸し出す。近くで見れば、この女性もなかなか綺麗な顔つきと、いい体をしている。露出など皆無で、胸は少し膨らんでいる程度、はっきり言えば薄い胸だ。しかし皺をしっかり伸ばし、弛みの出ないようウェストで軽く締められているおかげで、体のラインがよくわかる。
これは、近くで見ればちょっかいも出したくなる。邪心を悟られぬようこちらも笑顔で水を受け取り、礼を言う。
「ありがとう。何日もろくに休まずの旅だったから、冷えた水何て久々に飲むよ……すまない、もう一杯」
グイと一口に飲み干して、お代わりを催促。笑顔で次を注がれる。
「すまない、待たせたね。書類を持ってきた……」
並べられた書類の数々。そして渡される羽ペン。
「じゃ、一つずつサインを」
その前に、ざっと目を通す。迂闊にサインして嵌められたら困ってしまう……と、ここで怪しい物を。
「ここ、換金の受取人が間違ってないか?」
「……」
無言で目を逸らされた。関所で聞いた言葉を早速思い出すとは。本当に、人が多いとその分変な奴もいるのだなぁ。
「いきなり人を騙そうとするとは大した糞野郎だな」
「いやね、書類の確認もしないような間抜けを振るい落とすには丁度良くて。うちの風習なんですよ」
「風習ねぇ……」
腰を軽く浮かせて、拳を握り、顔面に突き出す。当てる寸前で止め、驚いて開いた口に指を突っ込み、舌をしっかりとつまんで引っ張る。引きちぎらない程度に指に力を入れ、苛立ちを、笑顔で包み隠して。下手に怒鳴りちらすよりは不気味に見えるだろう。
「俺は嘘が嫌いなんだ。騙すのも、騙されるのも嫌いだ。言いたいことはわかってくれるな」
「ひょ、ひょめんなはい」
謝罪、らしき言葉。手を離すとわずかな怯えの表情を見せる。
「なあ、お嬢さん。ここはいつもこうなのか?」
「ここ、というよりこの人だけ。許してあげて、毎日酔っ払いの相手を一人でしてるせいで頭がおかしくなってるの」
なるほど。いわゆるワンオペか。そりゃおかしくもなるな。
「ああ、愛する人よ……そんなことを言わないでおくれ! 君との結婚資金を貯めるためなんだ!」
「いつ私はあなたの恋人になったのかしら」
「出会った時からさ!」
「あなたのことは好きじゃないし、嫌いでもないけど、仕事もまともにしない人を好きになるなんてありえないから。やるべきことをおやりなさいな」
……詐欺にあったかと思ったら、喜劇を見せられる。わけがわからないよ。
「ああ、わかったよ。きちんと仕事をすれば、君にこの気持ちを受け入れてもらえるんだね! 僕頑張るよ! さあこっちが本物。サインしてくれ」
改めて出された一枚の紙。上から下まで目を通し、問題がないようなので今度こそサイン。次いで金証を引き渡すと、眼球が零れ落ちるのではないかと不安になるほど目を見開かれ……天井を仰いでひっくり返った。
「なあ、さっきから様子がずっとおかしいんだが。大丈夫かこいつ」
「あら……結婚を前提にお付き合いしていただけませんか、アインさん」
「あんたは美人だけどなぁ。無理だ」
自分の抱える問題から、ではなくこうも堂々と財産目当てで付き合ってくれと言う女はちょっと。いや、下手に隠すよりいっそ清々しくていいんだが。マシというだけで、恋愛対象としてはちょっと。いやかなり、無理。申し訳ないがお断りさせてもらう。
「ひどいわ、こんな美人を捕まえといて」
「ハッ! 僕の婚約者に手を出すなんていい度胸だね。表に出ろ、決闘だ」
「頼むから仕事しろ。いや、してください」
旅で疲れているのにこの仕打ちはあまりにひどすぎる。肉体的な疲れに精神的な疲れが覆いかぶさって、気力がゴリゴリと音を立てて削られていく。
「わかった、金を持って来たら決闘するぞ! 僕はこれでも腕に自信があるんだ。君が負けたら彼女は僕の物、いいね!?」
「決闘はそりゃ好きにすりゃいいが……彼女のことは彼女に聞いてくれよ」
「嫌よ。私はこの人と付き合うって決めたの」
「お断りだっつっただろ」
一体どうなってるんだ、この町のギルドは。こんな頭のねじがぶっ飛んだ奴しかいないのか。変人しかいないのか、この町は。
主人公の装備・アイテムとスキル的な物
(今回は追加なし)
装備
布の服
普通の槍
ただの弓
鉄弓
解体用の短剣
アイテム
気付け薬
毒入り壺
傷薬
お金
スキル
毒・薬物知識
高速再生(不死)
竜特効(竜限定で防御無視ダメージ)
拳闘術(要はステゴロ)