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台灣旅行紀  作者: 高崎洋
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一日目

初稿執筆:2016年

 旅の目的は人それぞれあれど、今回僕が台湾に発とうと思い立ったのは、けして前向きな考えがあってのことではなかった。

 目的は、ひとえに失くしてしまったかつての自分の姿を取り戻すことにあった。

 一昨年の九月、台湾から帰ってきてから今までのあいだに、ボロボロに踏みにじられた自尊心、完膚なきまでに叩き潰された自信を、少しでも取り戻し、かつての自分のありようを思い出したかったのだ。

 そういうわけで、今回の旅の目的は、単なる観光ではなく、かつて訪れたことのある場所を、もう一度訪れることだった。

 僕の乗った飛行機が関西空港を飛び立ったのが日本時間の午後四時ごろ。それから三時間ほどの所要時間を経て、桃園機場に降り立ったのは、台湾時間の午後六時すぎだった。

 大阪の空は抜けるような快晴だったが、さすが台北は雨の城と称されるだけあり、悪天候に見舞われていた。時間が遅かったこともあって、桃園に着いたときにはすでに空は真っ暗だった。

 荒っぽいながらも正確な機長の操縦のおかげで、飛行機は見事定刻に到着し、順調な旅路の幕が開けたかと思いきや、しかしここで思わぬ足止めを食うことになった。

 今日は時間が遅いこともあって、桃園からは高鉄(台湾の新幹線)で移動するつもりだったが、空港と高鉄駅とを結ぶバスの本数が予想外に少なく、一時間近くも待ちぼうけを食らう羽目になってしまったのだ。待っているあいだに雨がやんでくれたのは、ある意味で幸運だったのかもしれないが。

 泊まるホテルの予約もせずに出発してきているので、あまり夜が遅くなると困る。僕は、高鉄駅に着くや台北行きの列車にすぐさま飛び乗り、隣駅の板橋(パンチャオ)へと向かった。

 ここでの目的地は、もちろんホテルである。以前、台湾から帰る間際、台湾人の友人と台北観光にきたときに、彼の勧めで泊まらせてもらった安宿だった。うろ覚えの記憶を頼りに、なんとか着くことができたそのホテルは、僕の思い出の場所だった。

 台北旅行にやってきたあの日、僕は体調をひどく崩していて、動くのもままならない状態だった。そんな僕のために、彼はお粥を買ってきてくれたのだった。僕はベッドに横になり、台湾アニマックスで放送していた「アクセルワールド」の中国語吹替え版を、延々と眺めていた。

 その記憶が印象深かったせいだろうか。今日、僕が晩飯に選んだのも、偶然ながら、お粥だった。

 僕はホテルの目の前にある湳雅(ナンヤー)観光夜市というところで、皮蛋(ピータン)粥を食べた。これは砕いた皮蛋をお粥の中に混ぜ込んであるのだが、それはもう頬が落ちるほど美味しい。僕は皮蛋には目がないのだ。

 

 屋台から立ち上る油の臭い、スープの臭い、果物の臭い、そしてスクーターの排ガスの臭いが混ざり合い、「台湾の香り」を作り上げていた。夜市の狭い通りを一歩一歩踏みしめて歩きながら、僕はその香りの中に、とても懐かしくて自分にとって大切な何かを見つけようとしていた。

 ホテルの部屋は、けして綺麗ではないけれど、あの日きたときのままで、とても居心地がよかった。僕はベッドの上に大の字に横たわり、魏如萱という女性歌手の歌う「25歳」という曲を聴いた。

 社会と向き合わなければならない現実と、子供っぽい幻想や憧憬の狭間に揺れる心情を描いたこの曲は、僕が台湾の学校にいたころ、クラスメイトたちと一緒に授業で歌った歌だった。

 あのとき、僕はちょうど25歳だった。今では二つも歳を重ねてしまったけれど、この曲を聴いていると、僕をあの頃に連れ戻してくれるような気がした。

 もう一度、台湾の地面を歩くことで、失ってしまった二年間の月日を取り戻すことができるような、そんな気がしたのだった。



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