1-3 『令嬢』と『白い鳥』
両親の有り余る程に深い愛情に包まれながら育てられていく私。
この前無事に三歳の誕生日を迎えて、身内だけではあるが盛大に祝ってもらった。
その時に初めて会ったのが、父親の母親にあたる人…つまり、私にとっての父方のおばあちゃんなのだが、この人がもうインパクトのある凄い人だった。
いや、悪い意味ではない。
むしろこういう人が近くにいるべきだと思う。
「衿加さん、そんなことも出来ないようでは困りますね」「衿加さん、後で恥をかかないようにこれも覚えなさい」「衿加さん、なんですかそれは。高階家の令嬢としての自覚があるのかしら」
…と、やれ行儀マナー、やれ立ち振舞いと、口を開けば小言が出てくる。誕生日なのにお祝いの言葉よりも注意を受けた記憶しかない。
―そして、どうやら私の名字は『高階』というらしい。…屋敷にいるだけで呼ばれる機会もなくその必要もなかったとはいえ、失念していた。三歳になってようやく知ることとなるとは…精神年齢だけなら三十を超えてしまう「私」としては本当に恥ずかしいことだ。
だが、この祖母のお叱りのおかげで「私」、そしてデレデレ両親も目が覚めたと思う。
早速翌日から私が予定していた習い事と平行して高階家令嬢としての教育が始まった。
基礎教育は勿論のこと礼儀作法やマナー、社交界の知識やダンス、語学など、ありとあらゆる勉強が始まる。…あれ?極端すぎない?と思う程の多忙をきわめる毎日となったが、それはそれでとても充実した日々だ。
同時に『高階の娘』としての自覚も少なからず生まれる。
どうやら高階の家は思っていた以上に大きな財閥グループらしい。
今は『衿加』の父方の祖父(まだ会ったことはない)や例の祖母、その兄弟が会社をまとめているらしいが、あの爽やかイケメン父親はその祖父母の一人息子。母親も大手取引先会社の社長令嬢…そんな二人の娘が私…これはちょっと、想像以上の環境かもしれない。
生半可な気持ちでは『高階』の名を語れない――祖母の言葉や、取り巻く環境に気づいたとき、改めて気が引き締まるのを感じた。
(…ってことは、恋愛結婚もダメか…、あれ、両親はどうだったんだろう?)
あの両親を見ていると、まさに恋愛結婚と思えるほど二人の愛し合う様子がわかる。
けれど、取引先同士の御曹司と令嬢…?の結婚が、ただの恋愛結婚のような気もしない、今度聞いたら教えてくれるだろうか。
(…って、まだ三歳なんだった)
早過ぎる心配…ということはないけど、それでも今は自分を磨く期間だろう。私は日々の勉強を更に熱心に取り組んだ。
そんな中、わかったことがある。
(…やっぱり、『衿加』の能力って凄いかも)
私のことなのに、私自身とは思えないほどにこの身体、頭はいろんなものを吸収していく。
少し勉強しただけでほぼ理解ができるなんて、一歩転べば自分は特別なのだと思い込んで天狗になるパターンだ。
(…前の人生でもこうだったらなぁ…)
そうだったら、試験前にどれだけ楽をできただろうか…なんて、過去の一夜漬けの日々を思い出すと目頭が熱くなる想いだ。
でもまあ、今世に関してはそんな惰性な気持ちはない。むしろどこまでのことを叩き込めるのか、その限界を試されてる気さえしてくる。俄然やる気になるというものだ。
ただ…それとは別に、気にかかることもあった。
(…うーん、やっぱり引っかかる)
誕生日の頃からずっと気になってる部分。
それは、私の名前だ。
「高階衿加…、高階衿加…」
なんだろう、このモヤモヤっとした感じ。
この前までは何も感じることはなかったのに、この頃ずっと名前を口にすると何かが引っ掛かっている。…遠い昔、聞いたことがあるような…何か、重要なことを忘れているような…
(…だめだ、思い出せないや)
むず痒い思考になんだかスッキリしないけれども、思い出せないということはきっと些末な問題なのだろう。考えはひとまず置いておき、午後からの授業の準備に取りかかる。
…これを後になって後悔することになるなんて、この時の私は全く気づくことができないでいた。