プロローグ
思いついたものをポンポン入れるだけの趣味小説に走りそうな予感です…
目が覚めた時……はて、と思った。
なぜそう思ったのか…理由はすぐ目の前の光景だ。
時代を感じさせる枯茶色の天井も、穏やかな気持ちになる程度にほのかな、イ草の香りも。
これまで過ごしてきた我が家は目覚めと同時にそれを感じることの出来る家であった。…良いように聞こえるかもしれないが、ただの『古い家』、それが我が家だ。
――でも、どういう訳か……今は違う。
目の前に広がるのは、白地をベースに色鮮やかな花で彩られている天井。…かといってそれは派手すぎることはなく、どこか繊細でいて美しい。
釣り下がっているシャンデリアもまた、華美なデザインの中に上品さを兼ね備えたものであり、壁紙と喧嘩することもなく雰囲気と合っていた。
こういった様式に詳しくない私でも、これらが緻密な計算やバランスを踏まえた上で成されたものなのだというのは十分に理解できた。…センスのある人って、本当に羨ましい。
――違った、いま言いたいのはそんな話じゃない。
(…ここは、どこ?)
目の前にあるのは明らかな『洋』…年期の入った天井も、慣れ親しんだイ草の香りも感じられない。
そもそも、いまの時代に洋室すら無い我が家にはこんな光景があるはずもない。…記憶を探ってみるが、それらしい心当たりがある訳でもなかった。
(…うーん、昨日、飲みに出かけたっけ…?)
会社帰りに友人を連れ立って飲みに行くことは少なくない。でも、ここ最近は忙しくてそんなヒマもなかったし、そもそも記憶を無くすほど飲んだことだって一度もなかった。…というか、直前の記憶そのものが曖昧だった。
自分が誰で、普段何をして、どんな友人がいて、こんな生活を送っている。
それはわかるのに、ここしばらくの行動は思い出せない。…思い返そうとしても、なんとなく、靄がかかっているような状態。
だからといって、それを焦ることのない自分の性格も十分に理解していた。
(…まあ、なるようになるか)
早々に思い出すことを諦めて、今の状況を理解するために情報を集めようと起き上がる。…いや、起き上がったつもりだったけれど、それが叶わないことに気づいた。
(…? 身体が思ったように動かない…?)
思うように身体が動かない。
それでもなお焦ることのない私は相当図太いのかもしれないと思うけど、本当にどうなってるんだろう。
「あら、起きたのね」
と同時に、鈴を転がすような優しい声音が頭上から聞こえてくる。
視界に入った彼女はとても美しい女性で、温かい微笑みを口元に浮かべたまま私へと両手を伸ばした。
「ご機嫌はいかが?衿加ちゃん」
聞き慣れない名で呼び掛ける彼女は、軽々と私を抱き上げる。その時、私は全てを悟ることができた。
…ああ、私は私ではなくなったのだと。