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犬も歩けば犬にあたる  作者: いふじ しゅう
「あの世界」と「この世界」~
1/7

つまり最優先すべきは生き残ることなのだ

 「―――――好きだった。さようなら、堕ちて」



 肌に感じる風を頭の中でぼんやりと感じながら、駿しゅんはただただ見つめていた。

 頭の中は真っ白で何も考えてはいなかった、考えることは出来ていなかった。

 何もかもを全て忘れてしまったような感覚だというのに孤独ではは無かった。

 駿の視線の先には一人の女性、いつもかけているはずの眼鏡を落としてしまったので顔は良く見えなかった。

 意識が薄れてきたのはそれからあと2分する少し後くらいのこと。

 






 ―

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――









 憂鬱な気分になる月曜日の朝、慣れない制服で慣れない道を歩いていく。

 家のすぐ右の横断歩道の先で手をふる人が見えたので少し急いで渡った。



 

 「駿ー、おはよ。どう?そろそろ高校生活にも慣れた?…と、言ってもあたしもまだ慣れてないけどねー一日目いろいろあったからもう一ヶ月ぐらい過ぎたと思ってたけど実際入学してから2週間しか経ってないし。ううむ?どうしたよしゅんきち、そんなに暗い顔してさ。もっとハッピーに笑顔で生きようぜ!まさかなんかあったんかい?あー、もしかして好きな人にふられたとかぁ?あはははっ冗談冗談」


 「…裕香ゆうか喋りすぎ。もっと落ち着いてゆっくり話してよ、早口すぎて私以外の人が全然聞き取れて無いじゃん」


 「むぅ~駿があたしの通訳になってくれてるからいーの!」




 頬を膨らませながら怒ったように言う彼女を見て、憂鬱で重かったはずの心が少しすっきりして嬉しくなった。

 彼女は中学のときには学校の3大美少女のうちの2番目の子だった。

 明るくとっつきやすいその性格に男女問わず友達を作っているような雲の上の人物が平凡で普通な私にどうしてこんなに仲良くしてくれるのかは良くわからなかったけれど、それまではずっと一人ぼっちの学校生活を送っていたため一応は仲良くしてくれる分には悪いことは無いという結論に私の中では一応なったのだ。



 短い髪には赤いピン止めが3つ、右に2つ左に1つ。

 少し大きめで人を選ぶピン止めだったけれど彼女にはぴったりだった。

 地黒気味な彼女は昔から色白の私をよく羨む様に話すけれどインドアで体が弱くて本ばかり読んでいてなった白い肌なんかよりは黒い方が私は羨ましかった。

 彼女は私のことを良く可愛いといってくれたけれど、自分で鏡の前に立っても平均並みの体型にあまり自分の骨格に合っていない赤と黒の分厚い眼鏡でもともと小さい目がもっと小さく見えるしおしゃれなだってしたことも無いし似合わない。

 駿という名前だって男の子の名前だし家族も男の子がほしかったに違いない。

 色白の肌が無駄に目立つし家事をするためにガサガサになった指だってひび割れだらけで何がいいんだか全く解らない。

 きっと誰もが私のことを不要と思っているのだ、私はいなくてもいい存在なのだ。

 ああ、彼女はあんなに可愛くて優しいのにどうしてこんな私と仲良くしてくれるのだろうか。



 お弁当を出して、机を彼女とあわせてお昼休み。

 最近知ったのだが、裕香には彼氏がいる(と思う)。

 中学のときから休み時間は呼び出されていたり目の前でこそこそやられたりするのだ。

 男子の方は中々整った顔立ちで、長い睫毛と高い身長が特徴的だ。

 このまえなんかはバレンタインデーでチョコレートを貰っていた。…が、横流しで私が貰ってしまった。

 チョコレートは嫌いだったのだろうかよくわからないけれど、その後チョコは美味しくいただけました。

 一応裕香にホワイトデーのお返しもしておいた。裕香はそれを彼氏に横流し?していた。

 別に私の手作りチョコなんて食べたくないだろうし食べなくてもいいし彼氏さんから貰ったチョコを渡したそのお返しはやはり彼氏さんに渡した方がいいと思ったのであろうか。

 それでもやはり彼女はチョコが嫌いなのであろう。

 後はよくその彼氏さんと目が合うがすぐにそらされてしまうことが悲しい。嫌われているのだろうか。

 



 「や、やあ、こんにちは秋本さん」


 

 不意に後ろから話しかけられて水筒の中身を噴出しそうになった。

 後ろにいたのは裕香の彼氏さん(あくまでも「と思われる男子生徒」)。



 「…こんにちは。何か用があるなら早くしてくれると助かるのですけど」



 少し人見知りなところがあるためきつい言い方になってしまった。

 彼氏さんに申し訳ない。裕香にも。



 「えっと、特には無いんだけど…あ、今まで話したことあまり無かったからどんな人なのかな~って思ったんだ。その…よければ僕も一緒にご飯いいかな?」


 「……裕香がよければ別に」



 なんだかとても嬉しい。でも表情に出ない。頭の下半分は飛び回って喜んでいるのに上半分が冷静になってしまっているようで口から出たのは冷たい言葉だった。

 裕香が彼氏さんをみながらニヤニヤしていた。そういえばこの人は裕香の彼氏なんだった。

 彼女の友達と友好関係を築いておきたいのかな。嫁と姑の関係のように。

 …けれど裕香の彼氏だというのに不自然な気がする。隠しておきたいのであろうか、2人だけの秘密のように。嫁の隠し事は姑にばれているのですよ。



 「やったじゃん一樹かずきぃ、今日はずいぶんと調子がいいな?なんだい、あたしにしっ」





 



 裕香が何かをいいかけたそのとき、教室の中には凄まじい轟音と黒板を引っかいたような高い音、どれも鈍く重いものが響き渡った。

 両手で耳を塞いだが音は止まらず頭を抱えて転がったが、周りの人達には何も無いようだ。

 裕香と一樹(と呼ばれる彼氏さん。名前は良く知らない)も私と同じように頭を抑えていたが転がったのは私だけ。こんなに辛いのにどうして我慢できるのだろう。

 裕香と一樹(と呼ばれる以下略)の下半身が急に消え始めたので思わず驚きの声を発してしまったが、自分を見てみると同じように消え始めていたので驚きの声は悲鳴に変わった。

 けれど途中からは声がかすれ声にもなっていない悲鳴になって私の中で暴れまわってしまっていた。

 周りにいた人は私たちに気付いていないようだ。これから私はどうなってしまうのだろうか。

 






 ―

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――










 あたしの親友(と自分では思っているが相手がどうなのかはわからない)はとても可愛い。

 頭が良くて、手先が器用で、ただ少しだけ感情を表すのが苦手だけれどとにかく彼女のことを狙っている輩は沢山いる。


 中学のときに席が近くて、しめたと思って話しかけたら思っていたよりも中身も良くて、本当に彼女は凄い。小学5年のときに一目惚れしてからあたしは、ずっと彼女と友達になりたかったのだ。


 あ、レズじゃないよ。こう、もっと神秘的な何かだからね!


 彼女のことが好きな男子はたくさんいたけれど、なかなか彼女につり合う男はいなくてあたしはずっとぴったりな人を探し続けてた。もちろんあたしが彼氏になってあげてもよかったけど、それじゃあ彼女の親友という最高のポジションを手放すということになってしまうからだめだ。

 彼氏といる彼女をそばで見守るあたしの図をつくりたかったのだ。


 そんなとき、ちょっぴりへたれだけど顔もいいし性格もいいちょうどいい男を見つけてあたしはこいつだ!って思った。そして都合のいいことにそいつも小学生のころから彼女に恋しちゃってるらしい。


 彼女が彼氏をほしいかどうかなんてあたしにはわからなかったけど、とにかくあたしは彼女に幸せになってもらいたかったのだ。


 いい子はいい子らしく幸せに生きていればいいのだ。むしろそれが使命なのだ。

 勝手かもしれないけれど、そのときのあたしはそれが正しいことだと疑わなかった。


 で、あたしはすぐにそのへたれ男と組んだわけだよ。

 それから2ヶ月ぐらいしたときに、つまり今日に、そいつはたぶん勇気振り絞ってご飯食べよって誘ったんだ。教室で、あたしと3人で、しかも冷たくあしらわれたけどね。

 あたし嬉しくって、


 「やったじゃん一樹かずきぃ、今日はずいぶんと調子がいいな?なんだい、あたしに嫉妬したのかな?まぁまぁ、あたしは席を外すからお二人で楽しみたまえ。いいでしょ、しゅんきち?」


 って言おうと思ったんだ。

 駿からしたらただのありがた迷惑だね(笑)


 でも、今はもう教室で3人机くっつけてご飯食べるなんてできないんだ。

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