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037:『目指した場所』



 「灯夜先輩、変な夢を見たと小耳に挟んだのですが」


 そんな風に俺に話しかける少女はみのりちゃんだ。

 俺はさっき起きた怪奇現象を話した。

 

 境内前の石畳のところで話している俺とみのりちゃんの間を一陣の風が吹く。


あれ? 今結構強い風が吹いたと思うんだけど、何かおかしい。


強い風が吹いたにも関わらず、みのりちゃんの身体、髪、服は一切動かなかった。

微動だにしなかった。 さながら不動明王像の様に。


 「そんな事があったんですねー」


 みのりちゃんのそんな声は死んでいた。

 みのりちゃん自身が生きているのに、声が死んでいるとはおかしな話ではあるのだが、みのりちゃんのその時の声は本当に死んでいた。

 言葉として成立していないかの如く生きてはいなかった。

 コンピュータが話す電子的な声とも違い、片言ではなかったのだが、死人が声を発したかの様な感じに、しかも棒読みで、俺に話を訊いておきながらみのりちゃんは、そんな声で話したのだ。

 死人に口無しという言葉はよく聞くが、これじゃあ死人に口有りじゃあないか。

 まあ、みのりちゃんは生きているのだけれど。


 「灯夜先輩は色についてどうお考えなのですか。そろそろ答えをお聞かせいただきたいのですが」


 「俺、そんな事みのりちゃんに質問されていたっけ」


 「はい、それはもうずっと前に」


 そんな記憶は無いと言いたいが、みのりちゃんが言うのならそうなのだろう。きっと俺が忘れているだけなのだろう。


 「悪いがみのりちゃん。随分と前の事ですっかり忘れていたよ。色についてって具体的にはどういう事なんだ」


 実際はまったく記憶に無いのだが、知らないなんて言ってしまえばいくら後輩だとしても、みのりちゃんに申し訳ないから、示しがつかないから、とっさに覚えている風な言い方をしてしまった。

 これじゃあ示しがつく代わりに先輩としての威厳を損ないかねない。


 「簡潔に話しますと、色とは何だと思いますか」


 この娘は話が飛び過ぎるな。さっきまで俺に起きた怪奇現象について興味津々とはいかないまでも、それでもなかなか気にしていたというのに、気になるそぶり位はしていたっていうのに、今はなんだ。


 死人の様な口ぶりで返答したと思ったら、今度はまったく違う話をしだした。

 俺への質問は建前だったにせよ、いくらなんでも話しの流れが滅茶苦茶だ。

 支離滅裂だ。支離で滅裂だ。

 そしてみのりちゃんの言うその質問の意味がわからない。

 いきなり話しを変えた事も分からないし、質問の意味も意図も全くもって理解出来ない。

 みのりちゃんのする質問は本当にいつも突拍子もなく曖昧模糊だ。

 曖昧模糊だとは言ったが、それは俺の、俺自身が頭が悪いからなのかもしれないが、もしみのりちゃんがおかしいのではなくて俺の問題だったとしたら、俺はなんて愚かだろうといつも思ってしまう。


 まさに無知蒙昧と言う四文字熟語が相応しいだろう。


 そんな風に俺が、無い知恵無い知識を振り絞って脳内を混乱させながら言葉を詰まらせているところにみりちゃんが再度口を開いた。

 

 「本当は灯先輩は知っておいでですよね。私なんかに教えてくれないだけで、本当は知っているんですよね」


 やりづらい。本当に知らないんだからどうしようもない。

 ここはなんと言えばいいのだろう。また知ったかぶりをしたところで自分の首を絞めるだけだし。

 このまま突っ走って事故でも起こしたら話しにならない。

 人生の選択を失敗してしまった時、人生の選択ミスによる事故を保証してくれる、そんな保険なんかはないのだろうか。

 自動車保険のような、入って安心な人生保険はないのだろうか。


 そんなの無いことくらい知っている。


 人生には任意保険どころか自賠責保険すら無い、なんなら免許すら無い。地図も無ければ、ナビなんてあるはずがない。

 みのりちゃんとのこんな会話の中で、俺は人生の難しさを勉強した。


 いったい俺は何をやっているのだろうか・・・


 みのりちゃんは話し出す。

 


 「いわなくても大丈夫です。色とはつまり、心ですよね。十人十色と言う様に、人には色々な感情があり、色がある。灯夜先輩はそう仰りたかったんですよね」


 「あ、ああそうなんだよ! 色とは心だと言いたかったんだ。みのりちゃん良く分かったな。流石みのりちゃんだよ」


 またやってしまった。何が流石だ。流石なのは俺の方だろうに。

 もう引き返せない。Uターンは出来ない。おそらく俺は既に高速道路に入ってしまったようだ。これはもう止まれない。

 自分の意思で止まらなのではなく、自分の意思に反して止まれないのだ。

 


 「私は灯夜先輩の事なら大体は分かりますよ。 まあ、それはいいとして、つまりは今の色のない世界では皆、心を失っているという事ですね」


 えっ? 全然良くは無い。なんでみのりちゃんが俺の事を大体分かるんだよ。お母さんかよ。


 「そんな事はないだろうみのりちゃん。皆、心を持っているじゃあないか」


 みのりちゃんは、はぁと肩をすぼめながら大きなため息をついた後口を開く。

 

 「麓の人々を見た事ありますか。 心の無いただの人形ですよ。 悲しみは無いが喜びも無い、涙は無いが笑いも無い。 犯罪は無いが助け合いも無い。そんな世界を灯夜先輩は胸張って良い世界と言えるでしょうか。 素晴らしい世界だと言えるのでしょうか」


 俺には返す言葉が無かった。

 悲しみが、涙が、犯罪が無い世の中を素晴らしいと思っていた。

 喜び、笑い、助け合いが無い世界でも何も思わなかった。

 これが人々の在るべき姿だとすら感じていた。

 そう思わない人がいるなんて思っていなかった。

 思いもしなかった。

 思いもよらない、思いもしないみのりちゃんの発言に戸惑いながらも、はっとしている自分がいた。

 間違ってないとも思うが、それと同じ位に間違っているとも思う。

 矛盾してしまうが、これが今の素直な気持ちだ。


 俺の頬を熱い雫が流れ、乾いた石畳に斑を描いてゆく


 溢れる涙に何が起きたかも分からず、瞬きもせずただ見つめる俺を表情も変える事もなく見つめ返しながらみのりちゃんが言った。


 「これが結果です。貴方が目指した終着点です」

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