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035:『反則』

 

 「所謂、夢落ちと言うやつですか」


 ふと目を開けた俺の前には、神社の階段を転ばない様に注意しながら急ぎ足で下って行った筈のみのりちゃんが、あからさまに何か閃いた様な感じで右手の人差し指で空を指しながらこちらを見ていた。

 俺は久しぶりに瞼を開けたもんだから、サンサンと輝く太陽の光に目が眩んで初めはみのりちゃんを目視する事は出来なかった。

 少し光に慣れだした時、空に向けて突き立てたみのりちゃんの人差し指の先端と太陽が重なり、まるであの果実の様な名前をした殺し屋が得意とする技、指の先に気を集めて放つあれと本気で勘違いをしてしまい体がビクッと反射運動をした事はここだけの秘密にしてほしい。

 それにその気を溜めた指を俺の方へと向けるもんだから余計に驚いてしまった。


 「その灯夜先輩が夢と言う、夢だと思いたがるその体験を果たして夢という言葉で片付けてしまって良いのでしょうかねぇ。夢で終わらせて良いのでしょうかねぇ」


 「みのりちゃんそれはどういう・・・」


 「人は寝る為に起きていると唱える学者もいるのですよ。そう考えるとどちらが現実なのか私は分からなくなってしまいます。夢が現実なのか現実が夢なのか・・・」

 

 みのりちゃんは初めて表情が変わった。俺が見た中で初めて表情と呼んでもいいだろう顔をしたのだ。

 いつもの無表情ではなく、この時のみのりちゃんの表情はちゃんと表情として表現出来る顔だった。

 何を考えているか分からないいつもの顔ではない。まあ、今の顔を見て俺がみのりちゃんの考えを理解出来るのかといえば完全に理解は出来ないものの、いつもの無表情よりはいくらか、感覚的ではあるのだが、初めて見たみのりちゃんの表情を俺は『悲しそう』そんな風に受け取った。


 きっとみのりちゃんの表情は本当に稀な事だったのだろう。きっとこの時のみのりちゃんは『みのりちゃん希少種』だったのだろう。

 俺が『悲しそう』と受け取ったみのりちゃんの表情は本当に一瞬で、すぐにいつもの何を考えているのか分からない無表情に戻る。


 そんな、みのりちゃんの哲学的思考に対して俺は少々の呆れを交えたふりをしながらがら、自分の中での確信的な答えを目の前の女の子に提示した。


 答えを先輩として後輩に教えてあげた。


 まあ、俺はかなりの自信をもって提示をしたのだが、その自信に満ちた答えは、自分の中では芯の通った答えであり、自信満々で自身満々、そして自芯満々といった俺の答え、解答は、この後のみのりちゃんの言葉によって、わずか数秒で俺等の本拠地である神社の柱の様に朽ちた柱と化してしまった。



 「みのりちゃん、この俺がどちらの世界が現実世界なのか教えてやろう」


 と腰に両手を当てながら俺は言った。


 「ほお、ではではお聴きしましょう。その正しい世界の答えを」


 腕組みをしながら上半身をこちらに突き出しながらみのりちゃんは俺の答えを待ちわびている。

 

 なんか、茶化されている様な気も否めないが、そんなのはどうでもいい。

 きっと俺の答えによってみのりちゃんは反論出来なくなるに違いない。

 今のうちに馬鹿にするがいい。


 「起きている時こそ現実世界だ」


 「その心は?」


 「起きて、食事を取らなければ死んでしまうからだ」


 一瞬目を丸くしたみのりちゃんだったがその時間は本当に一瞬で、直ちに反論してきた。

 目を丸くしたのは驚いたわけではなく、きっと、『こいつ、何言ってんだろう』っていう表情、『はぁ?』みたいなそんな表情だったに違いない。

 

 「確かに食べなければ死んでしまいますが、寝なくても死んでしまいますよ。灯夜先輩」


 あっ・・・


 確かにそうだ。

 起きてご飯を食べなければ死んでしまうが、【夢】つまりは【寝る】という事を怠っても死んでしまう。


 まあ、俺の答えは一概に間違えという訳でもないのだろうが、もしもこの問題が減点方式の採点だった場合、俺のこの答えはかなりの減点を免れないであろう事は言うまでもない。

 

 しかし、この問題に今のところ答えは無い。

 そんな、頭のいい学者さん達ですら答えの見当たらない問題を、俺は意気揚揚いきようよう得意満面とくいまんめん意気軒高いきけんこうと調子に乗って答えてしまったと思うと本当に恥ずかしい。

 

 そしてみのりちゃんは、俺との会話はそもそも無かったかの様に、この後、俺との会話について触れる事もなく、言葉を口にしだした。


 「人は寝て夢を見る。そして人は目覚めては夢を追う。結局人は寝ても覚めても夢を見ているのですねぇ。果たして寝ている時の自分と起きている時の自分は同一人物なのでしょうか。昼の自分が夜の自分と同じ人物、或いは神物とは誰も証明は出来ないですからねぇ。同一人物である必要がないですし、寝てる時の自分が誰であろうと、昼の自分に命を繋いでくれさえすれば問題無いですから」


 「どっちの自分が本当の自分なのか・・・」と、みのりちゃんは軽く空を見上げていた目線を俺へと向けながら言う。

 なんでだろう。俺は何も言葉を発せなくなっていた。

 みのりちゃんの言う言葉を理解出来ずにパニックになっているなんて事ではないのだが、かといってみのりちゃんの言う事が正しいとは思わない。

 間違っているとも思わないが、もしかしたら俺は正しいと思いたくないだけなのかもしれない。

 辻褄を合わせてしまわない様に。

 歯車が合ってしまわない様に。

 パズルのピースが合ってしまわない様に。

 俺は、動き出すのが怖いのかもしれない。始まり出すのが恐いのかもしれない。

 見えないものに恐怖を感じているのかもしれない。


 「ふふっ」


 ん?


 今みのりちゃんが笑った様にも聞こえたのだが、見るとみのりちゃんの表情は笑っている時のそれではなく、いつもの無表情。

 まあ、この娘はいつも無表情だから、無表情で笑ったって何もおかしくはないのだが。


 「結局のところ答えなんてどうでもいいのでしょうね」


 そんな事を言うみのりちゃんの真黒で綺麗な瞳に吸い込まれてしまいそうになる。


 「どうでもいいって? じゃあ俺の羞恥心はどうなっちゃうんだよ」


 「そんなの私は知りませんよ。私と灯夜先輩じゃ分かり合える訳がない。一つの問題に対して、どうやったって同じ答えは出せないのですよ」


 何か含んだ様なそんな言葉を、みのりちゃんは俺を横目で流し見ながら言う。


 「みのりちゃんそんな悲しい事を言うなよ」


 「悲しくなんかないですよ灯夜先輩。私は今こうして先輩に会いに来てあげているじゃあないですか。ずるっこしてまでも会いに来ているんですよ。もう私にはルールなんてあったもんじゃないです。反則です」


 「反則?」


 「ええ、反則です。それはもう、夜に太陽が出ちゃったくらい反則です」


 「俺は夜の事はあんまり知らないけれど、話を聴くにかつての夜の事をみのりちゃんが例を挙げているのだったら、夜に太陽が出ちゃったらそれはもう夜じゃあないだろう」


 「そうですね。今のこの世界はもう反則だらけですよ。灯夜先輩はどんなペナルティーを受けちゃうのですかね」


 「ん? なんで俺なんだよ!」


 「ふふっ」

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