003 投資屋 ―ギャンブラー―
前回はピンキリで言うと「キリ」な収監者の物語でした。
今回は「ピン」な収監者の物語です。
淡々と、粛々と……
投資屋
一時期は最高学府在学中から『若き風雲児』なんて呼ばれていた二〇代の若造だった。
強気で、押せ押せで、無謀とも言える賭けにも出た。
一日に百万二百万はザラ、時には数千万なんて利益も叩き出して見せた。
請われて裏金の洗浄にも関わった。匿名信託基金形式で。
バブルが崩壊するまでは。
今は――
匿われて、隠家提供者の為に小金を稼いでいる。
* * *
ここが、どこなのかは、判らない。
あの――バブル崩壊で組んでいた信託全てが崩壊した――日、数日前に義理で参加した与党政治家のパーティーで五分ほど会って挨拶しただけの男――ジェイエル興産グループの総帥と名乗り名刺を貰った――が私の前に現れて、言った。
『逃がしてさしあげましょうか?』と。
その、悪魔の囁きに……
思わず、うなずいた。
すると、いきなり目の前が真っ暗になり……
気づいたら、『ここ』にいた。
ここが、どこなのかは、判らない。
部屋のイメージとしては……標準的なひとり住まい用ワンルームタイプのマンション、なんだろうか?
天井まで三メートルほどの高さで広さは八畳ほど。寝心地の良い本革張りのソファーベッド、座り心地の良い椅子、大型液晶テレビ、Hi-Fiオーディオシステム、大きな仕事机の上には光通信ネットワークに接続された投資用パソコン(モニター三つ)、省スペースのシステムキッチンに冷蔵庫、バス・トイレは当然分離でシャワー付き。
頼めば新鮮な食材、料理なら和洋中からファストフード、世界中の酒から書籍雑貨に至るまで全て届けてくれる専用電話。
至れり尽くせりな生活。と言った感じだが……
この部屋に窓はない。外にも出られない。出る気はないが。
天井には監視装置があり、常に私の行動は監視されている。
パソコンも投資の為に使うとき以外――「某ちゃんねる系」とか、「小説家になろう」とか――のサイトは一切入力出来ない。
この部屋で私はひたすら相場を張り続けている。
この満たされた不自由な生活を続けるべく。
都市に出たら――元の金主たちに追われて――命が保証されないから。
* * *
月一千万円。
それが現在の私に与えられた純益目標だ。
三ヶ月マイナスを出すと……終わり。
隠家から追い出されて……想像したくない。
月末の投資報告書を書きながら、今月も生き延びられたことを実感する。
また、来月も生き延びられますように……
隠家に来て二十数年、もう中年を通り越して初老と呼ばれる己の顔を鏡に映しながら、祈る。
神? 悪魔? 別に何でもいい、私を助けてくれるものに、祈る。
また、来月も生き延びられますように、と。
逃げ込んだ人間は、自分の保護料金を自分で稼がないと追い出されるのです。
彼はあと何年、逃げられるのでしょうか?
時効? 闇の世界には時効なんてないのですよ……
さて、次回は……収監者の物語の予定です。
期待しないで待ってて下さい。
予定は未定、決定ではない。ですから。