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1タップ先の闇

私の当たり前

作者: 404世界
掲載日:2026/08/18

 SNSを始めたきっかけは、「みんながやっていたから」。ただそれだけだったんだ。


 私は5ヶ月前、地方から東京の大学に出てきた。高校のときはSNSをやっている友だちが少なくて、私を含め、みんな泥だらけになりながら農業の手伝いをしたり、家畜の世話をしたりしていた。私たちには、それが当たり前の生活だったから。

 SNSに興味はあったけど、私は田舎の風景の写真を載せるのなんて、なんだか恥ずかしかった。ネットを見ると、都会のおしゃれなビルやファッションなんかの写真ばかりだったから。田舎にいる限りは、自分がSNSになにかを投稿することなんてないんだろうなと思っていた。

 

 でも、大学でできた友だちは、みんな当たり前のようにSNSをやっていた。大学帰りにはカフェで高いドリンクを飲むし、いつもブランドもののバッグを持っているし、見た目に気を遣っているきれいな子が多くて、私たちの当たり前とは全然違っていた。

 あるとき、一番の友だちの若菜に、当たり前のように「くるみもSNSやりなよ」と言われた。そして、周りにいた友だちにも「なんでやってないの? 早くやりなよ」「つながろうよ」と言われ、私はその流れのままSNSアプリをダウンロードしたのだった。


 SNSの使い方に慣れるまでには、少し時間がかかった。スマホは小学校高学年から持っていたけれど、家族や友だちとの連絡と調べものくらいにしか使っていなかったからだ。SNSのシステムを理解するのにだいぶ苦戦したが、友だちに教えてもらい、なんとか使えるようになった。


 SNSを始めて数日経ったころ、私は田舎では見かけたことがなかった、たっぷりの生クリームとチョコが載ったおしゃれなドリンクの写真を撮ってSNSに投稿した。近ごろは友だちとカフェに行き、高いドリンクを飲むのが私の日課になっている。こうして、私にとってもこの生活が当たり前になっていくのだろう。


 友だちにつられて、メイクも濃くなった。田舎にいたころはすっぴんで、上京してきたばかりのころはしばらく薄化粧だった。でも、それだと周りの友だちと比べ、浮いてしまうのだ。私はメイクの仕方をネットで調べ、みんなと一緒にいても浮かないような顔になろうと努力した。

 そのおかげで、以前よりはだいぶ「見られる顔」になったと思う。始めのころは、きれいにメイクをしている友だちと写真を撮るのも躊躇していたが、今はみんなと写真を撮るのが楽しみになっていた。毎日友だちと遊びに出かけてはたくさん笑っていたし、気になる松下君っていう男の子を見かけるだけでドキドキして、そんな日々が幸せだった。


 ある日、私は若菜の許可をもらい、自分と若菜が写った写真をSNSに投稿した。いいねは共通の友だちからしかつかなかったが、私はそれでも満足だった。ああ、自分は今、都会の人にとっての「当たり前」を体験しているんだ、と思った。田舎にいたころだったら、写真を撮ってもSNSに載せることはせず、泥に汚れた顔や服で写っている写真を内輪で笑いながら見返すだけだっただろう。


 しっかりメイクをするようになり、私は自撮りを載せることがマイブームになっていった。いいねはやっぱり友だちからしかつかず、バズることはなかったけれど、私は昔よりきれいになった自分を見てもらえるだけでよかった。自撮りを投稿する理由には承認欲求も少しはあったが、大半は自己満足のためだったからだ。


 ***


「くるみ、最近メイク頑張ってるよね」

「え。うん……分かる?」

「もしかしてそれ、松下君に振り向いて欲しいからだったりする?」


 学食で一緒にお昼を食べているとき、若菜がそう言って微笑んだ。私は恥ずかしくなり、若菜から視線を逸らす。


「そ、そういうわけじゃないけど……まあ、少しでもきれいに見えてたらいいなとは思うかも」

「ふふっ。一応、松下君とメッセージアプリでつながってるんでしょ? なにかメッセージ送ってみたら?」

「えー、いいよ! 私は松下君と関わる勇気ないし! こっそり好きでいるだけでいいの!」

「もったいないなあ。話しかけたら、案外うまくいくかもしれないのに」

「そんなことないよ。うまく話せる気しないもん」


 私は食べていたラーメンのスープを飲み干すと、若菜との話を切り上げるように、さっさと食器を片付けに行った。

 自分で動かなきゃ松下君との恋は始まらないと分かっているけれど、それでも内向的な性格の私には、一歩を踏み出す勇気なんてないのだ。

 

 ***

 

 SNSを使い慣れてきたある日、事件が起きた。

 私のスマホにSNSの通知が大量に届いたのだ。どうやら「××さんがいいねしました」という通知と「××さんが再投稿しました」という通知が混ざっているようだった。

 驚いた私は、すぐにSNSアプリを開いた。いいねや再投稿がされていたのは、自分が以前投稿した自撮りや友だちと撮った写真だった。しかし、自撮りの小さなサムネイルになにか違和感がある。こんな写真だっただろうか……? 私はサムネイルをタップし、写真を拡大した。


 すると、そこには私ではない知らない美女が写っていた。髪型や服装、表情、ポーズ、アングルなどは私が撮った写真と同じなのに、それはどう見ても私とは別人の写真だったのだ。

 友だちの若菜と撮った写真も同じで、若菜のそばに写っているはずの私は、さっきの美女に入れ替わっている。今までに投稿した写真をすべて見返してみたが、どれも自分が同じ美女に変わっていた。


「なにこれ、なんで……?」


 SNSのバグ? いや、まさかそんなわけない。こんなふうに写真が勝手に変化するというバグはないだろう。

 ……そうか、美女の写真を見つけて、いろいろな人がいいねや再投稿をしたのか。私の投稿——写真は美女に入れ替わっている——を引用投稿した人は、


『この美人、誰!? どこの女優? それともモデル? 名前知りたい!』

『芸能人かな? もし素人だとしたらスカウトされそう』

『かわいすぎる……私と同じ大学の子っぽい。今度話しかけなきゃ』


 などと書いていた。そりゃ私よりずっと美人な人だけど、私の写真にはみんな大して反応しなかったのに、この差はさすがに傷つく。しかも、松下君まで引用投稿で美人だって褒めてるし……今までは、私の投稿にいいねを押したこともなかったじゃん。


 でも、そもそもこの美女は誰なんだ? なんで私の投稿が変わってしまったんだ?

 しばらく考えてみたが、1人では謎が解けそうになかった。


 SNSの運営に問い合わせたけど、『お客様のアップロードした写真がそのまま投稿される仕組みとなっています』としか返ってこなかった。運営もなにが起きているかよく分かっていないんだろう。私のスマホに入っている写真を見せれば、写真に写っている人物が変化したと証明できるかもしれない。私はそう思い、写真アプリを開いた。


「え……!?」


 写真を見た私の口からは、思わず声が漏れた。なんとスマホに入っている写真でも、私は美女と入れ替わっていたのだ。私が写っているはずの写真は1枚もなく、すべて見知らぬ美女が写っていた。

 しかも、高校時代、オーバーオールで泥まみれになりながら農作業をしていた私の写真まで、美女になっている。目が切れ長で、鼻がツンと高くて、頬に泥がついていても笑顔が美しい。でも、これは『私』じゃない。


「……『私』は、どこに行ったの?」


 焦りながらどの思い出を探しても、『私』は見つからなかった。いつの間にか、自分が持っている免許証の写真やプリントシールまで美女になっていて驚愕した。でも、鏡に映る自分だけは『私』の顔のままで、少しだけホッとした。『私』は完全には消えていないようだ。


 不安になり、若菜に相談しようとメッセージアプリを開いたが、アイコンに設定していたはずの私の写真まで美女になっていた。私は恐怖に襲われ、すぐさまメッセージアプリを閉じた。自分がいたはずのすべての場所に知らない美女がいて、怖くてたまらない。若菜には、明日会ったら直接相談してみよう。


 ***


 翌日——私は講義が終わったあと、席に座っている若菜に話しかけた。

 

「若菜、あの……」

「えっ、誰ですか?」

 

 若菜はぎょっとしたような顔をしたあと、不審者を見るような冷たい目で私を見て、席から立ち上がった。


「若菜、どうしたの?」


 不意に誰かがやってきて、若菜に話しかけた。私はその人の顔を見た瞬間、凍りついた。


(「あの」美女だ……!)


 写真の中で私と入れ替わっていた美女が、そこに立っていた。若菜は美女に笑いかけると「なんでもないよ。行こう、くるみ」と言って、美女と一緒に行ってしまった。


(くるみって、私の名前……なんで? あの美女もくるみって名前なの?)


 私はわけが分からず、頭を抱えた。遠くから見ていると、他の友だちも美女と親しげに話している。途中、また美女がくるみと呼ばれているのも聞こえてきた。


(じゃあ私は? 私はなに? 私はみんなから忘れられたの?)


 突然、ぐにゃりと周りの景色が崩れた。あまりに混乱して目の前が歪んできたのかと思ったが、違う。『私』の全身が歪んでいるのだ。私の体は輪郭を失い、やがて粉々になって空気に溶けていった。


 ***


「さっき若菜、誰かに話しかけられてなかった?」

「うん、知らない人。急に『若菜』って下の名前で呼んできたから、びっくりしたよ」

「怖っ! てか、あの人メイク濃くて不自然だったね。周りから浮きすぎ」

「ホントだよね。リップはみ出しすぎだし、アイラインはガタガタだし、マスカラはダマになってるし。そもそも、メイクってあんなふうに塗りたくればいいってもんじゃないでしょ」

「アイシャドウの色も肌と合ってなかったね。目が腫れてるみたいだった」

「メイク慣れてない、田舎から出てきた人なんじゃないの? なんか芋感あったし」

「そうそう! 全体的に垢抜けてない感じだったよねー!」

「あ、ごめん。ちょっと忘れ物とってくるね」

「うん。みんなで学食にいるから、あとからくるみも来てね」

「分かった」

 

 私は若菜たち複数人の友だちと別れて教室に戻り、机に置かれているスマホを手に取った。これは、もうこの世からいなくなったであろう『くるみ』のスマホだ。これさえあれば、私もくるみがしていたように友だちと連絡が取れる。あとは当たり前のように彼女の家に帰って、当たり前のように家族や友だちと交流して、当たり前のように大学で講義を受けて……私はその当たり前を続けるうち、完全に『くるみ』という存在になれるはずだ。


 ……私は、生き生きと生活するくるみが羨ましかった。ずっとネットに閉じ込められたままの私は、くるみが自分の写真を投稿するたび、悔しくて仕方なかった。いつしか、楽しそうにしているくるみの居場所を私が奪ってしまいたいと思うようになった。

 そしてようやく、それは実現した。私は、くるみという人間の思い出までも、私で塗り替えることに成功したのだ。くるみの家族や友だちも私をくるみだと思っているし、私が昔からくるみだったのだと錯覚しているはずだ。


 ——もう、くるみの居場所は私のもの。私が全部もらっちゃおう。

 

 私はスマホを使い、くるみが気になっていた松下君にメッセージを送った。

 

『今日って時間ある? よかったら、なにか食べに行こうよ』


 恋をできるのも当たり前じゃない。私なら、くるみ以上に『くるみ』の人生を大事にできる。

 

 ……数分後、松下君からOKの返信を受け取った私は、薄く笑った。


 Fin.

お読みくださり、ありがとうございました。

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