帰り道、解体工事に出くわす
「解体工事してる」
私は耳が良く、音のするほうを見る。
当たりのようで、大工さん達が屋根から壊しており、最小限の音で行動しているようだった。
「蝉のほうがうるさいかもな」
「そうだね。暑い、暑いって、聞こえるみたいだもん」
私は額に浮かんだ汗を拭うと、彼を見つめ、
「早く秋になるといいね」
「そうだな。食欲の秋、読書の秋…。色々とあるもんな」
彼は優しく言ってくれると、いきなり私の両耳を手で塞いできた。
「どうだ? 聞こえなくなったか?」
「まさか。でも嬉しい」
私は彼の手に、手を重ねると、ふうと息を吐出す。
彼には小さく聞こえるのかもしれないが、耳の良い私には、まだ大きく聞こえた。
「早く行こうか」
「うん。邪魔しても悪いし。私も頭が痛くなりたくないし」
私は惜しむように、彼の手を放すと、その手を今度は繋いで、行こうとする。
すると屋根の方角から、声が飛んでくる。
「おい、危ないから早く行け」
「は、はい」
私は聞かれていたのかと思い、びっくりして答える。
歳は30代くらいだろうか。
身体つきは彼に負けないくらいしっかりしており、力強そうだった。
ライオンと喧嘩したら、どちらが勝つだろうかと、馬鹿なことを考えるが、大工は黒猫みたいに、気配がしない人だなと私でも分かる。
しばらく2人で何も言わず、大工を眺めていると、
「早く行けって、言っているんだよ。いちゃいちゃするなら、俺達の目の届かないところでしろ。暑苦しい」
「それは失礼しました」
私はどうしていいか迷っていると、彼が前に出て答えてくれる。
私を守ろうとしてくれているのが、すぐに分かり、私も勇気を出す。
「すみませんでした。…行こう」
「ああ」
彼がうなずいたので、私達は繋いだ手を放し、彼から前に進む形となる。
解体している家は、もう誰も住んでいないのかと淋しく感じつつ、早足で行こうとする。
すると、
「おい、ちょっと待った」
大工が私と彼を呼び止め、屋根から下りてくる。
「何でしょうか?」
「お前、デカいから、力がありそうだな。大工はどうだ?」
「は?」
私は困惑したように、2人を見比べる。
確かに彼は力強くてかっこいいが、大工になる将来は聞いたことがなかった。
大工は気軽に彼の肩を組んでくる。
「それで? 彼女と結婚するのか?」
「あの…?」
「け…!!」
私と彼がびっくりして、言葉が出ないでいると、大工はあははと声を立てて笑う。
彼は眉根を寄せると、攻撃しようか考えているようだった。
私は彼が危ない目に遭わないように、心配して手を組むと、大工が言ってくる。
「何もしねえよ。ただ…いい尻しているな。安産型だ」
「え」
私の許容範囲を越え、勝手に頰が赤くなっていく。
「頑張れよ、お前」
大工はばしばしと叩くと、彼を解放する。
「気をつけて帰れよ!! いつでも彼女を守ってやれ」
「分かってます」
彼が彫像のように硬く答えると、大工はまた笑ってくる。
何なんだろう、この人、と私は目を瞬かせる。
味方なのか敵なのか、判断できない。
飄々とした人だった。
「行こう。もう用は済んだみたいだし」
「う、うん。あの、安産型って、その…」
「その話は忘れること。とにかく離れよう」
彼が強引に歩き出し、私を引っ張っていく。
すると大工が声を張り上げて、
「若い2人に幸あれ!!」
恥ずかしくないのだろうかと、私が皆の注目を浴びて下を向くと、彼に必死でついて行く。
しばらく無言で進んで行くと、ようやく静かになった。
彼ははあと息を吐出すと、安心を確認する。
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけがないでしょう!! もう、何だったの、あの人」
「人間には色んなタイプがいるからな。悪い人ではないと思うけれど。ま、気にしないことだ」
「う、うん。忘れる」
私は頰をぴしゃりと叩くと、気をしっかりもつ。
「どこに行く? コンビニ? それとも、スーパー?」
「どうするか」
2人で相談しながら、歩いて行くのだった。




