第49幕 陶器と鉄の融合
ズズズズズ……。
床が鳴いた。地震のような縦揺れではない。空間の座標軸そのものが、万力で締め上げられるように軋む音だ。
川添千秋は、痺れの残る指で、目の前の石壁を指差した。
「――おい、壁が」
分厚い花崗岩のブロックが、半透明のゼリーのように揺らぎ、その奥に別の光景が滲み出していた。
点滅する赤。流れる白。ネオンサインと、ヘッドライトの列。高層ビルの航空障害灯。
崎野市の夜景だ。二つの異なる座標が、フィルムの二重露光のように無理やり重ね合わされようとしている。
「ウゥ、ウゥゥゥ……!」
遠くからサイレンの音が聞こえる。それは幻聴ではなく、向こう側の世界(地球)で鳴り響いている緊急車両の音が、空間の裂け目を通ってこの古城へ漏れ出してきているのだ。
バチッ、バチバチッ!
空気が乾燥し、強烈な放電現象が発生した。川添の髪の毛が逆立ち、衣服が皮膚に張り付く。空間密度が異なる二つの世界が摩擦を起こし、見えない火花を散らしている。
「逃げるぞ、屋上へ!」
誰かの声がしたが、川添には方角が分からなかった。一歩目を踏み出した瞬間、彼の足首が床に沈み込んだ。
「ぐ、ぉ!?」
固いはずの大理石の床が、泥沼のように軟化している。いや、違う。物質が柔らかくなったのではない。重力のベクトルが狂っているのだ。
城の重力と、地球の重力が混在し、足裏にかかる反作用が一定ではない。
視界の水平線が、唐突に斜め三十度へ傾く。だが、内耳にある三半規管は「垂直」を主張し続ける。
脳内で視覚情報と平衡感覚が致命的なエラーを起こし、後頭部が焼け付くように熱を持った。胃の内容物が、食道を駆け上がる。
川添は四つん這いになり、ヘドロのような粘性を持った床を這いずった。
廊下の隅で、視線が釘付けになった。
城の飾り棚に置かれていた古代の陶器の壺に、地球側の「自動販売機」がめり込んでいた。
ガガガガッ、メキメキ。
硬度の異なる物質同士が、物理法則を無視して融合している。
白い陶器の滑らかな表面を、赤く錆びた鉄板が内側から突き破り、アルミ缶と配線コードが、溢れ出した内臓のように壺の口から垂れ下がっている。
自販機のプラスチック製ボタンが、腐った果実のように陶器の釉薬の中に沈み込み、ねっとりと混ざり合っていく。
硬いものと硬いものが、互いの分子構造を無視して溶け合う、冒涜的な光景。その断面から漂うのは、古い機械油と、カビた土埃の臭い。
「はっ、はっ……」
川添は口元を袖で押さえながら、這いずった。手をつくたびに、指が石材にズブズブとめり込み、引き抜くたびに「ニチャッ」という粘着質な音がする。
床が消化液のように柔らかい。
早く行け。ここに留まれば、俺の肉体もこの床と混ざり合い、永遠に「建材」として固定される。
想像しただけで、全身の毛穴から冷たい脂汗が噴き出した。
川添は麻痺した足を拳で殴りつけ、泥沼のような床を無理やり蹴り飛ばした。




