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第46幕 断頭台の音

 ドォォォォォン……!

 その音は、鼓膜(こまく)ではなく、床を伝わる物理的な振動として、川添千秋の骨格を揺さぶった。

 それは精密機械が奏でる軽快なシャッター音ではなかった。(さび)びついた巨大な鉄の塊――断頭台(だんとうだい)の刃が、重力に従って垂直に落下し、濡れた肉と骨を一撃で切断するような、重く、湿った破壊の音だった。

 世界が揺れた。川添の網膜(もうまく)に焼き付いていた「タキサイキア現象(時間停止)」が、その轟音(ごうおん)と共に強制解除される。

「――ギ、ァ!?」

 川添の喉から、空気の抜けるような無様な音が漏れた。

 痛い。

 シャッターが落ちた瞬間、彼の手首と癒着(ゆちゃく)した「映鏡(フレフィ)」が、飢えた野獣のように暴れ出したのだ。

 カメラ内部の機構が、魔法という膨大な熱量を持つ「被写体」を処理するために、冷却水を求めてポンプをフル稼働させている。

 ゴキュッ、ズゾゾゾッ。

 不快な吸引音が、骨伝導(こつでんどう)で脳に直接響く。橈骨動脈(とうこつどうみゃく)から、致死量に近い血液が一気に吸い上げられていく。

 血管が内側から真空になり、しぼんでいく感触。指先から急速に体温が奪われ、代わりにカメラのボディが溶鉱炉のように赤熱し始めた。

 熱い。皮膚が焼ける。

 だが、川添は手を離せなかった。右手の感覚は既に消失(しょうしつ)し、陶器(とうき)のように白く硬直(こうちょく)した指が、カメラと一体化して凍りついていたからだ。

 ファインダーの向こうで、アンドリューの頭上にあった「空間の腫瘍(しゅよう)」が、悲鳴のような風切り音を上げて渦を巻き、小さなレンズの中へとねじ込まれていく。

 巨大な質量が、無理やり小さな穴に吸引される理不尽な光景。

 レンズに入った「亀裂(きれつ)」が一瞬、赤く発光した。その光の筋が、充血(じゅうけつ)した川添の眼球の毛細血管と物理的に接続されたように見え、視神経(ししんけい)を灼き尽くす。

 ジジジジジ……!

 カメラの底から、一枚の写真が排出された。それは紙切れではない。高濃度の汚染物質を圧縮した、熱を持つプレートだった。

 プシューッ。

 写真が外気に触れた瞬間、表面から白煙が立ち上った。

 臭い。

 鼻を突くのは、インクの匂いではない。腐った卵のような硫黄臭(いおうしゅう)と、劣化した現像液(酢酸(さくさん))を煮沸したような、強烈な化学薬品の悪臭。

 川添は、痙攣(けいれん)する左手でその写真を掴み取った。

「あ、つッ……!」

 指紋が焼ける音がした。火傷するほどの熱を持った写真の中には、先ほどまで世界を飲み込もうとしていた紫色の「死」が、静止画として完全に封じ込められていた。

 消えた。

 アンドリューの頭上から、あの禍々(まがまが)しい光が消失している。王座の間に、耳が痛くなるほどの静寂(せいじゃく)が戻った。

 成功したのか?分からない。

 川添の脳は、状況を評価する機能を失っていた。血液を吸われたことによる急激な貧血(ひんけつ)で、視界の遠近感(えんきんかん)が掴めない。床が波打って見える。

 彼は自分が呼吸をしているかどうかも分からなかった。

 ヒュー、ヒュー。

 喉が引きつり、酸素を求めて無様に(あえ)ぐ音が、他人のもののように響くだけだった。

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