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第04幕 壊死するシャッター

 橋の上で、大気が爆ぜた。

 少女が銀のリボルバーの引き金を引く。銃声はしない。代わりに、鼓膜を針で刺すような高周波が走り、着弾した騎士の装甲が飴細工(あめざいく)のように内側へ(ひし)げた。

 衝撃波がアスファルトを削り、砂利の(つぶて)となって川添の頬を叩く。

 逃げろ。

 足の筋肉が痙攣(けいれん)し、後ろへ下がろうとする。だが、川添の両手はカメラを構えたまま硬直していた。

 ファインダーの中。レンズの「亀裂」が、生き物のように収縮を始めている。

 赤い。

 亀裂の奥から、粘膜が裏返ったような生々しい赤色が滲み出し、少女と騎士の戦いを縁取(ふちど)っている。

 網膜が焼けるように痛い。

 強烈な光量が視神経を直接刺激し、涙が止まらない。それでも、(まぶた)を閉じるという機能が麻痺したように、彼は目を見開いていた。

 少女が跳躍し、騎士の頭上から銃口を突きつける。川添の人差し指が、吸い込まれるようにシャッターボタンへと沈んだ。

 ガシャン。

 錆びついた断頭台の刃が落下し、濡れた首を一撃で切断するような、重く乾いた衝撃音がした。その直後だった。カメラのボディ底面から、「ゴクリ」という、粘度の高い液体を飲み込むような水音が響いた。

 瞬時に、グリップを握る右手に激痛が走った。

 熱いのではない。焼けている。

 川添は喉の奥で悲鳴を上げたが、声にはならず、ただ空気が漏れる音がした。反射的に手を離そうとする。だが、指が動かない。熱で溶けたゴムのように、カメラの革張りが(てのひら)の皮膚と癒着(ゆちゃく)し、一体化している。

「あ、ぐ……ッ」

 歯を食いしばる。詰め物が浮くような不快な圧力が顎にかかる。

 彼は自分の右手を見た。シャッターボタンに乗せた人差し指の先端が、白く変色していた。見る間に皮膚が膨れ上がり、水ぶくれができ、それが弾けた。

 ジュッ、という微かな音。

 鼻をつく臭気。現像液の酢酸(さくさん)ではない。髪の毛や肉が焦げた時に出る、鼻腔の裏に脂っこく張り付くタンパク質の変性臭だ。

 カメラは高熱を発し続け、川添の体温を(むさぼ)り食っている。レンズの亀裂がドクン、ドクンと赤く明滅(めいめつ)するたびに、指先の毛細血管が破裂し、爪の間から血が滲み出してグリップを汚した。

 血流が手首から先へ、強制的に吸い上げられていく感覚。

 それでも、川添は手を離さなかった。離せなかったのではない。脳の血管が切れそうなほどの激痛の中で、口角だけが勝手に引きつり、(いびつ)な笑みの形を作っていた。

 震える親指が、巻き上げレバーにかかる。皮が剥け、赤黒い肉が露出した指先が、レバーのローレット(滑り止め)に食い込む。

 ザリッ。

 神経が()き出しになった指で、金おろしを撫でるような感触。脂汗が目に入り、視界が塩分で滲む。それでも彼は、痙攣(けいれん)する筋肉を無理やりねじ伏せ、レバーを最後まで回しきった。

 ジーッ。

 フィルムが送られる音が、やけに静かに響いた。カメラの底から、一枚の写真が吐き出される。現像液に濡れたように湿っており、白い湯気を上げている。

 川添は膝をついた。胃の内容物が喉元まで逆流してくる酸っぱい味。

 目の前では、頭部を破壊された騎士が黒い霧となって霧散(むさん)し、少女がゆっくりとこちらを振り向いていた。

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