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第36幕 濡れた布団の音

 轟音(ごうおん)。

 鼓膜(こまく)を物理的に殴打(おうだ)するような破裂音が、大広間の澱(よど)んだ空気を振動させた。

 飯野愛恵が構えた「銀槍(ブレット)」が、変形してサブマシンガンのような銃身を晒(さら)し、マズルフラッシュを撒き散らしている。

 排莢音(はいきょうおん)。カラカラ、キン、と真鍮(しんちゅう)の薬莢(やっきょう)が石畳(いしだたみ)に落ちる音だけが、現実的な質量を持って響く。

 川添千秋は、粉塵(ふんじん)で白く汚れたカメラを構え、その着弾点にレンズを向けた。ファインダーの中、銀色の巨体に着弾の火花が散るのを待った。

 だが、視覚と聴覚の同期が裏切られる。

 ボフッ、ボフッ、ボフッ。

 異様な音がした。それは、硬度(こうど)がぶつかり合う音ではない。雨を吸って重くなった布団を、太い棒で力任せに叩いた時のような、湿って鈍い音。

「夜鎧(ロリンカ)」。

 中世の騎士を模した銀色のフルプレートアーマーは、直立不動のまま、弾丸の雨を飲み込んでいた。

 凹まない。弾かない。

 着弾した瞬間、弾頭が運動エネルギーを完全に殺され、まるで死んだカナブンのようにポロポロと足元へ落下していく。床には、ひしゃげてもいない無傷の銅色の弾丸が、小山を作っていた。

「……ッ」

 飯野の唇が動いた。そのコンマ数秒後、「チッ」という舌打ちの音が遅れて聞こえた。

 音声の遅延。彼女の表情筋(ひょうじょうきん)の収縮(しゅうしゅく)と、発せられる音波がズレている。まるで回線の悪いビデオ通話を見ているような、平衡感覚(へいこうかんかく)を狂わせる「不気味の谷」現象。

 川添はこめかみ(、、、)が締め付けられるような目眩(めまい)を感じ、カメラを握る手に力を込めた。

 鎧が動いた。一歩、前へ。

 その動作に伴う音を聞いた瞬間、川添の奥歯が浮いた。

 ガシャン、という金属音ではない。

 ジュルッ、キュッ。

 腐ったスポンジを強く擦り合わせたような、粘液質(ねんえきしつ)の摩擦音。

 視覚情報は「銀色の金属」なのに、聴覚情報は「濡れた生ゴミ」を伝えている。脳の処理が追いつかず、強烈な車酔いのような吐き気がこみ上げる。

 鎧の隙間、関節の継ぎ目。そこから、黒い粒子が煙のように漏れ出している。

 煙ではない。ピントを合わせる。それは、一つ一つが微細に蠢(うご)く「虫」の集合体だった。

 殻の内側に、何かがみっしりと詰まっている。

 川添の右足が、脳の指令を待たずに勝手に痙攣(けいれん)し、後退(あとずさ)ろうとして床を擦った。

 だが、左手は逆の動きをしていた。

 ピントリングを回す指先が、脂汗で滑りながらも、その生理的な気持ち悪さの正体を暴こうと、限界までズームをかけていく。

 逃げたい足と、見たい目。

 身体の制御が二つに分裂し、川添はその場に釘付けにされたまま、ただシャッターを切る動作だけを繰り返した。

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