第37幕 ぶちまけられた中身
銃声が止んだ。飯野が撃ち尽くした「銀槍」のシリンダーからは、硝煙ではなく、赤い蒸気が上がっている。
大広間には、物理的な破壊痕と、無傷で立ち尽くす銀色の巨体だけが残された。
効いていない。金属の硬度が、物理法則を拒絶している。
川添千秋は、白く汚れたカメラを構え直し、脂汗で滑る指でピントリングを回した。
その視界の端で、イヴェットが動いた。彼女は優雅に髪をかき上げ、耳元の「穿孔飾」に手を触れた。
「……風」
ボソリと呟く。
バチッ、ジュルリ。
湿ったショート音がした。川添の位置からでも聞こえるほど鮮明な、生きた神経に高電圧を流し込んだ音。
イヴェットの耳たぶから、細い煙が立ち上る。装飾品を付け替えたのではない。肉に食い込んだ「楔」に、新たな属性電流を無理やり流し込み、周辺組織を焼きながら回路を切り替えたのだ。
彼女の顔が一瞬、筋肉の痙攣で引きつり、すぐに好戦的な笑みに戻る。
突風。ではない。逆だ。
大広間の空気が、イヴェットを中心にして猛烈な勢いで回転し、鎧の周囲から大気を根こそぎ剥ぎ取っていく。
ヒュオオオオ……。
風切り音が高まり、プツン、と唐突に音が消えた。
無音。キーンという耳鳴りだけが残る。
川添の鼓膜が、外側へ引っ張られてパキリと鳴った。耳が詰まる。水中に引きずり込まれたような閉塞感の中で、ファインダーの中の「夜鎧」だけが異変を起こしていた。
ボコッ、ボコボコ。
鎧の隙間、関節の継ぎ目、視界の穴。そこから、中身が溢れ出してきた。
黒い霧ではない。それは、外からの押さえつけ(大気圧)を失ったことで急激に膨張した、無数の微細な蟲の集合体であり、行き場を失った内臓そのものだった。
殻の内側から、何かが食い破ろうとしている。
パンッ。
破裂音。ドロリ。
銀色のプレートアーマーが、支えを失って崩れ落ちた。ガシャン、という金属音はしなかった。
ベチャッ、グチャ。
濡れた洗濯物の山か、あるいは大量の汚泥を高い所からぶちまけたような、湿った着地音。
黒い液体と固形物が、床の石畳の隙間を埋めていく。
臭い。
腐った沼の底をかき回したような、濃厚なメタンガスの臭気が、空気の流入とともに爆発的に広がった。
「ご、ホッ……」
川添の喉が痙攣し、強烈な酸味がこみ上げる。鼻の粘膜が焼けるようだ。
汚い。見るな。脳が拒絶信号を出す。
だが、川添の右手は、その生理的嫌悪とは完全に回線を切断された機械のように、正確にシャッターボタンへと吸い込まれた。
カシャッ。
乾いた音が、静寂を取り戻した広間に残酷に響いた。
中身をぶちまけて死んだ「元・鎧」の残骸。それをフレームに収めた瞬間、川添の指先は震えるどころか、次のフィルムを巻き上げるレバーを軽快に、そして愛おしそうに回していた。




