表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/50

第24幕 銀槍の癒着

 場所を変えた。駅のホームから階段を上がり、人気のない連絡通路(れんらくつうろ)へ。白いタイルの床が、蛍光灯の光を反射して冷たく光っている。ここなら、監視カメラの死角(しかく)になる。

 アンドリュー・ウォルフガングは、革靴の音を響かせずに追ってきた。彼の周囲だけ、空気が(よど)んでいる。あの強烈な防腐剤の臭いが、換気扇の回るコンコースでも希釈(きしゃく)されず、むしろ密度(みつど)を増して(ただよ)っていた。

 彼は立ち止まり、優雅に両手を広げた。

「無益な鬼ごっこはやめましょう。私の鏡を返していただければ、君のその汚れた指を見逃してあげてもいい」

 丁寧な口調。だが、その目は笑っていない。眼球がガラス玉のように固定され、光を反射していなかった。

 川添千秋は、釣りベストの内ポケットに手を突っ込んだ。カメラではない。もっと重く、冷たい金属の塊。飯野愛恵から預けられた「銀槍(ブレット)」。美しい彫刻(ちょうこく)が施されたリボルバー。

 川添はグリップを強く握った。

「……断る」

 引き抜く。その動作と同時だった。

 グリップを握りしめた(てのひら)の中で、何かが弾けた。

 硬い「(とげ)」が無数に伸び、川添の掌の皮膚を内側から食い破る。表皮を貫通し、真皮を裂き、手首の神経束(しんけいそく)へと直接潜り込んでいく。

 物理的な癒着(ゆちゃく)

 ズズ、ズズズ。

 血管の中を異物が遡ってくる感触がある。橈骨動脈(とうこつどうみゃく)が異常に脈打ち、血液が銃の方へと強制的に吸い上げられていく。

 ドクン、ドクン。

 銃自体がポンプのように収縮と膨張(ぼうちょう)を始め、シリンダーが勝手に回転した。

 カチリ。

 装填されたのは弾丸ではない。川添の体内から抽出された鮮血だ。

「離れ、ない……ッ」

 川添は左手で右手首を掴み、力任せに引き剥がそうとした。だが、指の関節がロックされたように動かない。神経と金属が物理的に接続され、右手が別の器官(きかん)に作り変えられている。

 熱い。

 肉に食い込んだ金属部分が発熱し、タンパク質が変性する臭いが鼻をつく。脂汗が額から噴き出し、眼鏡のレンズに垂れて視界を白く(にご)らせた。

 川添は右手を振り回した。遠心力でも外れない。ただ、右腕の筋肉が痙攣(けいれん)し、意思とは無関係に銃口が跳ね上がるだけだった。

「ああ、野蛮だ」

 アンドリューが残念そうに首を振った。彼はハンカチを取り出し、口元を押さえた。

 川添の右手から滴り落ちた血が、白いタイルの目地に吸い込まれ、赤黒いシミを作っていく。血の鉄臭(てつぐさ)さと、ホルマリンの刺激臭が混ざり合い、濃厚(のうこう)なガスとなって肺を満たす。

 川添は奥歯がミシリと音を立てるほど噛み締めた。歯の詰め物が浮くような感覚。

 痙攣する右腕を、左手で無理やり押さえつける。銃口が震える。狙いは定まらない。

 だが、銃は持ち主の制御を離れ、吸い上げた燃料に反応して、カキーンという金切(かなき)り声を上げ始めた。

 それは発砲音の予兆ではなく、金属が悲鳴を上げている音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ