第24幕 銀槍の癒着
場所を変えた。駅のホームから階段を上がり、人気のない連絡通路へ。白いタイルの床が、蛍光灯の光を反射して冷たく光っている。ここなら、監視カメラの死角になる。
アンドリュー・ウォルフガングは、革靴の音を響かせずに追ってきた。彼の周囲だけ、空気が澱んでいる。あの強烈な防腐剤の臭いが、換気扇の回るコンコースでも希釈されず、むしろ密度を増して漂っていた。
彼は立ち止まり、優雅に両手を広げた。
「無益な鬼ごっこはやめましょう。私の鏡を返していただければ、君のその汚れた指を見逃してあげてもいい」
丁寧な口調。だが、その目は笑っていない。眼球がガラス玉のように固定され、光を反射していなかった。
川添千秋は、釣りベストの内ポケットに手を突っ込んだ。カメラではない。もっと重く、冷たい金属の塊。飯野愛恵から預けられた「銀槍」。美しい彫刻が施されたリボルバー。
川添はグリップを強く握った。
「……断る」
引き抜く。その動作と同時だった。
グリップを握りしめた掌の中で、何かが弾けた。
硬い「棘」が無数に伸び、川添の掌の皮膚を内側から食い破る。表皮を貫通し、真皮を裂き、手首の神経束へと直接潜り込んでいく。
物理的な癒着。
ズズ、ズズズ。
血管の中を異物が遡ってくる感触がある。橈骨動脈が異常に脈打ち、血液が銃の方へと強制的に吸い上げられていく。
ドクン、ドクン。
銃自体がポンプのように収縮と膨張を始め、シリンダーが勝手に回転した。
カチリ。
装填されたのは弾丸ではない。川添の体内から抽出された鮮血だ。
「離れ、ない……ッ」
川添は左手で右手首を掴み、力任せに引き剥がそうとした。だが、指の関節がロックされたように動かない。神経と金属が物理的に接続され、右手が別の器官に作り変えられている。
熱い。
肉に食い込んだ金属部分が発熱し、タンパク質が変性する臭いが鼻をつく。脂汗が額から噴き出し、眼鏡のレンズに垂れて視界を白く濁らせた。
川添は右手を振り回した。遠心力でも外れない。ただ、右腕の筋肉が痙攣し、意思とは無関係に銃口が跳ね上がるだけだった。
「ああ、野蛮だ」
アンドリューが残念そうに首を振った。彼はハンカチを取り出し、口元を押さえた。
川添の右手から滴り落ちた血が、白いタイルの目地に吸い込まれ、赤黒いシミを作っていく。血の鉄臭さと、ホルマリンの刺激臭が混ざり合い、濃厚なガスとなって肺を満たす。
川添は奥歯がミシリと音を立てるほど噛み締めた。歯の詰め物が浮くような感覚。
痙攣する右腕を、左手で無理やり押さえつける。銃口が震える。狙いは定まらない。
だが、銃は持ち主の制御を離れ、吸い上げた燃料に反応して、カキーンという金切り声を上げ始めた。
それは発砲音の予兆ではなく、金属が悲鳴を上げている音だった。




