第17幕 頭蓋骨の声
錆びたブランコが、風もないのに微かに揺れていた。
キィ、キィ。
金属同士が摩耗する乾いた音が、廃墟となった公園に反響する。
川添千秋は、砂場の上に座り込んでいた。尻に伝わる湿った砂の冷たさと、ジャリジャリとした不快感だけが、彼に残された現実だった。
首から上が、別の生物の器官に変質している。
「――久しいな、イヴェット」
川添の口が、物理的な力でこじ開けられた。顎の関節が、自分の脳からの信号とは無関係なタイミングで開閉する。
カク、カク。
骨が鳴る。舌根が持ち上がり、声帯が勝手に震えた。発せられた音波は、川添の声帯を使いながらも、頭蓋骨全体をスピーカーのように共鳴させる低い周波数を持っていた。
川添は喉元を右手で引き裂こうとしたが、指先はセメントで固められたようにピクリとも動かなかった。
「ナッシュ……!あなたなのね、ナッシュ!」
イヴェットが駆け寄ってきた。彼女の手が、川添の頬に触れる。
熱い。
彼女の皮膚は常に四十度の熱を発している。その熱量が伝わった瞬間、川添の表皮の下で、無数の羽虫が這い回るような粟立ちが走った。
胃が痙攣し、酸っぱい液が食道を逆流してくる。だが、顔面の筋肉は、その嘔吐反射を無視して吊り上げられた。頬の肉がワイヤーで引っ張られるように収縮し、眼輪筋が不自然に細められる。
張り付いた笑顔。
「説明しなければならない。この力の代償を」
ナッシュ(川添)が語り出した。川添の鼓膜を、自分の口から出る声が内側から叩く。
神力とは何か。未来の時間リソースを先借りし、燃やした灰。使うたびに物理法則にバグが生じ、世界の寿命が削られる。だから、あの場所の重力は狂い、空気が淀んでいたのだ。
川添はその音を聞いていたが、脳の言語野が処理を拒絶していた。思考が一点でショートしている。
(動かない。指が。舌が。俺の中身が押し出される)
視界の端で、自分の手が勝手に動いてイヴェットの髪を撫でている。その光景が、遠い他人の映画のように見えた。
「愛している、イヴェット」
唇が濡れた音を立てて動いた。川添の意思ではない。
イヴェットが抱きついてくる。焦げたタンパク質の変性臭と、血の鉄臭さが、鼻の粘膜に直接擦り付けられる。
川添は口の中で、自分の舌を犬歯で噛み切ろうとした。
ガチッ。
だが、顎は万力のように固定され、彼の抵抗を歯牙にもかけず、愛の言葉を紡ぐためのポンプとして駆動し続けていた。




