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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

言葉は刃物

作者: 海空丸
掲載日:2025/12/17

「普通」を探し続けた、たった一人の男の話です。


『普通の幸せ』を知らない人たちへ



今日も僕は、駅前に立つ。

誰も足を止めないのに、僕はマイクもない声で、一人語り続ける。


「僕が作る世界に触れてみませんか?」


この言葉を言い続けて、今日で163日目。


歩く人たち、みんな僕を見る目は、異常者を見ているようだ。


だけど、やめることはできない。


この声は、救われたい人にだけ届けばいいんだから。


163日前。


僕は、世間で言う「普通」をやめた。


よく言われてきた言葉。


「普通に働いて、普通に恋をして、普通に家族を作り、普通の暮らしが一番ちょうど良い幸せなんだよ。」


そう笑って言った人間の瞳には、僕の震えも、夜眠れなかった日々も、映っていなかった。


ちょうど良い普通の幸せ。


そんなものを味わったことがない人に、その言葉は刃物になる。

そんなこともわからない人が、たくさんこの世界にいるのなら――


僕が変えてあげる。


僕は今日も駅前に立ちながら、「普通」を知らない人に、この声を届ける。


「ここでマイクも持たず、話し続ける僕のこと、皆さん怖いでしょう。

怖いと感じる人は立ち去ってください。

それでも僕の世界に興味がある人だけ、聞いてください」


足早に、みんな立ち去っていく。


「理不尽なこの世界で、得たものはありますか?

僕にはあります。


大事なものを奪われても、やり返してはいけない。

でも、奪った人は笑って過ごしている。

身体が不自由なのに、働けないだけで怠けている。

心が疲れ切って頑張れないのに、そんなの皆同じだと馬鹿にされる。

これが、この世界で唯一学んだ理不尽。


悲しい思いをしてまで、頑張り続ける必要はない。

僕がこの世界を変えてあげるから、力を貸してください」


笑いながら、殴られるように、痛い言葉を投げつけられる。


そんなことにも慣れてきた頃。


一人の女性が、足を止めた。


ただ、こっちを見つめている。


この人は、こちら側の人間だ。


駅前の、人の少ない場所に移動して、僕は手招きをした。


彼女は、恐る恐る近づいてきた。


「足を止めてくれて、ありがとう。

あなたが最初に聞いてくれた、初めての人です」


僕は、自然と笑みが溢れた。


「私、前から声をかけようか迷っていたんです。

勇気がなくて、今まで見ないふりして通り過ぎました。

ごめんなさい」


彼女の目は、笑っていなかった。


「今日、足を止めてくれたこと。

その勇気が、あなたの人生を変える一歩です。

勇気を出してくれたあなたに、ここから人生を変えるきっかけを、僕から送ります。

よければ、悩みを話してもらえますか?」


彼女は静かに頷き、二人ですぐそばのベンチに腰掛けた。


「どんなことがあったのか、話してください」


彼女は、うつむいたまま、ゆっくり口を開いた。


「私、旦那にいつか殺される。

そんな気がするんです。

暴力が、酷くて」


僕は、その時、身体中に電気のようなものが走った。

とっくの昔に、忘れたはずの感覚。


「私には、何よりも大事な娘がいる。

旦那は、娘がいないところで、暴力を日常的に振るうんです。

このままじゃ、娘に何をされるのかと思うと、私の心はもう持たない。

消えてくれ、毎日願ってるんです」


身体の痺れは、全身に回っていった。


「娘さんが大事なら、あなたをまず守りなさい。

あなたが死んだら、娘さんは、その人と二人きりだ。

標的が変わります。絶対に」


彼女は、すっと、うつむいた顔を上げ、驚いた顔で僕を見た。

この人は、このままじゃ、心がもたない。


「娘に何かあったら、私はどうなってしまうのか分からない。

何でもくれるんですよね?

じゃあ、あの人を」


彼女の身体は震えていた。

今にも、憎しみで壊れてしまいそうに。


「なんでも送る。

そう言った僕の言葉だけ、信じてください。

少しだけ、耐えてください。

最初の贈り物です。

一週間後、またこの場所で待っています」


彼女に、笑顔が戻りますように。

そう、強く願った。


毎日、欠かすことなく続けてきた、駅前での僕の言葉に、

初めて足を止めてくれた、彼女のため。


この世界を変える、第一歩を踏み出した。


あの日から一週間。


約束の駅前のベンチに、彼女が来た。


「もしかして、贈り物って……」


驚きを、隠せない様子だった。


「そうです。気に入っていただけましたか?」


「まさか、あの人がいなくなってくれるなんて信じられない。

どう恩を返したら良いですか」


彼女の目から、たくさんの涙が溢れた。


「恩なんて、返さなくていい。

勇気を出したあなたが、自分で手に入れたんです」


彼女は涙を拭い、少しだけ口角が上がった。


「せめて、私に世界を変えるお手伝いをさせてください。

できることなら、何でもします」


やっと、一人目。


「一緒に、世界を変えましょう。

お会いするのは一つだけ、約束を。

この時間に、この場所へ来てください」


彼女と、約束をした。

たくさん涙を流した彼女の顔には、笑顔が戻り、帰っていった。


これから僕は、一人ではない。


初めて、僕の計画が動いた。


僕には、まだ、たくさんの人が必要になる。

どんなに願っても、僕一人の力じゃ、どうにもならないのが現実だ。


次の人を、探しにいかなきゃ。


僕の目には、もう美しい世界は映らない。


変えないと、みんなが言う「普通」を、知ることもできないんだから。


「僕が作る世界に、触れてみませんか?」


いつものように、声を届けた。


「私たちと、世界を作りましょう」


彼女の声がした。


「少しでも良いんです。

私は、この世界に不満をかかえて生きてきました。

変えられる訳がない。

初めは、ずっと見ないふりして、逃げていたんです。

でも、一回きりの人生、どうせ辛いまま終わるのなら、世界を変えてみませんか?

一緒に、叶えましょう」


僕は、彼女の言葉に心打たれた。

思った通りだ。


彼女を救ったあの日から、時間が進むのは、早く感じた。

それと同時に、僕の計画は、着実に進んでいる。


それから、同じ時間に、同じ顔が、少しずつ増えた。


誰も名乗らない。

それでも、みんな、ここに来る理由だけは同じだ。


僕は、あの日のように、一人ずつ、贈り物を送った。


「みなさん、今日もありがとう。

世界が変わる日は近いです。

また、ここで待っています」


みんな、帰っていった。

彼女だけが、何か暗い顔をして、立ち止まっていた。


「何かありましたか? 話してください」


「あの日から、私は、消えて欲しかったあの人が消えて、

娘と、幸せな暮らしを送っています。

でも、娘に笑顔が戻らないんです」


「まだ、何か悩みがあるのかもしれない。

いつでも娘さんを、ここに連れてきて良いんですよ。

できることは、何でもします」


彼女は、嬉しそうな顔を見せた。


「会ってほしいと、思っていたんです。

明日、連れてきます」


僕は、すごく楽しみだった。

初めて救った、親子だから。

この二人は、僕の大切な存在だった。


その明日が、やってきた。


僕は、いつものように、みんなと声を届けた。


ベンチに腰をかけている、女の子。

僕の話を聞きながら、僕を睨みつけている。


あの目を、僕は知っている。

強い憎しみを持った人に送る、幼い最大の抵抗だった。


女の子の元に、駆け寄った。


「はじめまして。

どうして、僕を睨んでいるの?」


どんどん、その目は、強くなった。


「わたしのママを奪った」


その言葉は、耳に不快感を残した。


「うん。そうかもしれないね。

けど、大きくなったら分かるよ。

君のことも、ママのことも、助けたんだ」


今のこの子に、何を言っても伝わらない。

少しだけ、我慢をさせてしまう、あの時の僕のように。


「ママを返して」


「……」


彼女が来た。


「いい加減にしなさい。

この方は、私たち家族を守ってくれた、恩人なのよ」


彼女は、娘の顔を叩いた。


僕は、体が熱くなり、声を上げていた。


「やめなさい」


彼女は、怯えるような目で僕を見て、泣き崩れた。


「ママを泣かせる人は、わたしが許さない」


その言葉で、僕は冷静になった。


「今日は、もう帰りましょう。

きっと疲れています。

また、明日、ここで待っています。

君も、また」


その場を、後にした。


今日は、なんだか、いつもの僕ではなかった。

しっかりしなければ。

世界を変えるために。


毎晩、浴室の鏡に映る、自分の傷だらけのこの体を見るたびに、

強く、誓うことができた。

僕の親のおかげだ。感謝している。


人が集まれば、集まるほど、僕の世界を実現できる。


諦めない。

どんな犠牲があっても、叶える。

そう、強く誓った。


「わたしの作る世界に、触れてみませんか?」


みんなと共に、今日も語り続ける。


「辛い日々も、終わらせましょう。

わたしが作って見せます。

誰も泣かない、理不尽な世界を……」


「……」


僕は真っ赤に染まった地面の上に横たわっていた。

周りの人の叫び声の後ろに、微かに聞こえた。


「わたしとママの『普通』の暮らしを返して」


女の子の声。


強い憎しみの言葉と、涙の匂いがした。


「ありがとう」


目から、溢れている。


これは……。


すごく懐かしくて、

すごく暖かいものだった。


読んでいただきありがとうございました。


「普通」と言う言葉が、

誰かを幸せにして、誰かを壊してしまう

そんなことを考えながら書きました。


貴重な時間をありがとうございます。

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