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7.入り組んだ町

 あくる日の青年の一日というのは休みであり、久しぶりのものであった。人によって休みのタイミングというものは少しずつ異なっており、通常同僚たちは交代で休みを取る。休みの間隔も人によって差はあったが基本的な給料は皆同じであり、会社としては不満を持たれる可能性のある制度だ。青年としても仕事の時間自体が不規則であることには文句は言わなかったが、同僚たちと差があることには思うところはある。一度社長にその理由を聞いたことはあったが、依頼主からの指名があった場合にはその者を行かせることになるため、コントロールできないと言うことであった。仮にそうであるのならば仕方ないとは思うものの、従業員としては面白くはない。それ自体が合理的だとは思うものの、他のところで帳尻を合わせない体制については思うことがあった。

 今青年の頭の中には仕事に対する不満がある。同僚たちは同じように思ってはいないのだろうか。職場でわざわざ愚痴を零す気もなかったのだが、一度気になってしまったことがずっと離れなくもなってしまうのだ。自分の席で天井を見ながら考え事をしていると、以前社長に渡された書類のことを思い出した。それを見れば条件のようなものが書かれているはずであり、明文化されたそこを見るのが確実な情報を得られるはずである。記載されていることが正義であり、そこで問題ないのだと言われてしまえば従うほかない。丁度この日は依頼の時間までにもう少し時間があったために、ページをパラパラとめくりながら中を確認することにした。一つずつ条項を確認していくとそこに書かれていることのほとんどが社員を拘束するためのもののように思えてくる。合間にはそうではないことも差し込まれてはいるのだが、全体を通してみると道徳の無いものが書いた文章にも見えるのだ。拙い翻訳で見ただけのものであり、勘違いかもしれないためにもう一度確認する必要はある。しかし自分が騙されているかもしれないと思うとじっくり解析する必要があった。

 青年が会社に不満を持っていたのはもっと前からのことではあったものの、会社自体に疑いの目を持つようになったのはこの頃からである。はじめは不規則な仕事であったためにそういう形態であったのだと納得していたのだがただそれだけではなく、自分が搾取されている側のように思い始めたのだ。大きな街に出てきたことは様々なことを経験する機会だと思っていたのだが、どうやらそれが裏目に出てしまっているようである。考えてみれば自分にとってなんとも都合のいい話だ。この会社自体はこの街の中では名前の知れた会社であり、先日のようなパーティー会場に入れることを考えれば重要な役割を担っている会社に違いない。しかしそれだけではないはずだ。そもそも信用が必要な護衛という立場を雇うのに、わざわざ他所の町や村から人を連れてくるのはなぜなのだろうか。言語の拙い従業員を依頼主の元に向かわせるのはどういった意味があるのだろか。仮に条件が甘いのだと考えても、この会社のスタッフの人数が少ないのはなぜなのだろうか。考えれば考えるほど謎は増えていき、仮説を立てたところでいい方向に行くことはなかった。まずは会社について調べなければならないのだろう。それから他所の村の人間を護衛としておくことに疑問を覚えない依頼主たちについても調べなければならない。仕事のことを思い出すと書類を自分の席の引き出しにしまい、いつものように仕事を始めた。

 それから青年の不信感を募らせる出来事が起こったのは数日の内のことである。青年の日常というのは代り映えもしないものであり、会社について調べられることも見つけられなければ刺激もないものであった。いつものように立っているだけの仕事や、子どもの見張りという名の子守りをさせられる毎日を過ごしているとある日、社長が従業員たちを集めた。この日も青年は空いた時間にトレーニングをしていたのだが、突然の招集は胸騒ぎを誘う。こんなことは今までなかったために嫌なことでもあるのかと思って話を聞いていたが、どうやら同僚の一人が辞めるという内容であった。そんな話の片鱗はどこにも見当たらなかったために、あまりに急なことのように思える。辞めるのは背の高い同僚のようであり、同僚の中では最も気さくに話しかけてくれていた男でもあった。確かに彼はいつも疲れていたようではあったものの、急にいなくなるような人でもなかった。彼の性格を考えれば、黙って離れるようなことはせずに事前に誰かに言うのだろう。隠し事が得意なタイプでもないことは、彼と働いていれば誰だって知っている。そんな彼が唐突にいなくなるのだから不審に思わない訳もない。社長が言うには体調不良が原因であり、今はもう入院してしまっているということであった。数日のうちに荷物をまとめて故郷に戻ることになっているようだが、病院の場所すら教えてもらえない。何かの感染症で面会も許されていないのだろうか。もしそうならばここの従業員の誰もが危険に晒されていたことになるのだろうが、そういったことでもないようだ。矛盾している点が多くあるように思えたが、それを聞けるだけの雰囲気でもない。この街のことを考えれば、「病気」ではなく「怪我」の方が起こる可能性も高いと思うのだ。仕事の内容を考えると何かのトラブルに巻き込まれてもおかしくはないからである。しかし病気とは一体なんなのだろうか。俄かには信じがたい話ではあったものの、そういったことを聞くべきではないと思った。この会社について嗅ぎまわっていることに気づかれてしまえば自分の立場も危ぶまれてしまいそうだ。今は誰が何を知っていて、誰が味方なのかも分からない。青年は大人しく自分の席に戻ると頬杖をついて暫く考え事をしていた。

 それから少しして話しかけてきたのは年配の同僚である。何かを知っているようであり青年の耳元で話を始める。言うまでもなく職場を離れる同僚のことであり、その経緯の話だ。背の高い同僚本人から聞かされていた部分があったようであり、それは彼の精神的な部分に良くないことがあったからだそうなのである。ここが過酷な環境だったからなのか、それとも何かきっかけとなる出来事があったからなのかまでは分からない。会社が関連しているのか、彼の生活の中で何かがあったのかも分からない。ただ分かっていることも一つあり、この街にはある葉が横行しているということであった。葉の名前を聞くに、青年の村では禁止されているものだと思い出す。どうやらいなくなった同僚はそれを所持していたということであった。適量使うだけであればリラックス効果のある煙になるとは聞いていたものの、使いすぎると中毒にもなる。実際のところは体験したことがなかったために、どうなってしまうのかも分からなかったが使わないに越したことはないはずだ。年配の同僚の推理では、背の高い同僚はそれに関わる何かのせいでこの会社を離れざるを得なくなったのではないかということであった。同僚がなぜそんな話をしてくれるのかと言えば、恐らくこの会社の中ではまだ新人であり会社と悪いつながりがないと判断されたからなのだろう。年配の同僚も社長やこの会社にいいイメージを持っていないようであり、調べているのだと言うことであった。きっと味方を探しているのだろうが、青年はそれすらも本当かどうか分からなかったために相槌だけを打つとお礼を言ってトレーニングに戻る。今のところ年配の同僚が最も信用できる気がするため、何かあれば頼ってもいいのかもしれない。まずは自分自身でその葉にも気を付けなければならないのだと肝に銘じると、立ち上がって仕事に戻った。

 この街の天気は大抵それほど良いものでもない。元々季節という季節もなく、雨期のようなものもない。雨は突然降りだしたかと思うと、突然止むこともあるため誰にも分からない気候である。ただ乾燥している土地柄、服が濡れたところですぐに乾いてしまうという特性もあり、雨を気にしない人も多い。整備されていない道は雨が降ると川のようになり、通行も不便となる。青年の部屋から職場までの道のりも、時折遠回りを強いられることもあり、普段家を出るのも少し早めに着くように心がけていた。

 ある日の青年も、雨のせいで普段よりも少しだけ遅くオフィスに到着すると、同僚たちは既に集まっていて中心には社長がいる。こうして同じタイミングに呼び出されるのは珍しいことであったが、そこに見慣れない顔を確認するとなんとなく状況を察した。背の高い同僚がいなくなってからまだ一週間程度しか経っていないにも関わらず新しい従業員が入ってきたのだろう。従業員が全員集まったのを確認すると社長は気分よく話し始める。青年はどうやらもう後輩ができるようであり、その人物は青年よりも倍以上の時間を生きていそうな女性であった。年配の同僚や社長ほどは人生経験も長くはないのだろうが、身近な人の年齢に順番を付けるのならばその次だ。見た目で言うのならば、ややふくよかに見える。正直青年から見ても隙だらけの彼女がここで役に立つとも思わなかったのだが、今までの仕事の退屈さを思い出すと誰でも問題ないような気もしてくる。平和なこと自体は悪いことではないが、もはや意味のないことのようにすら思えてしまうのだ。毎回体を張ったしごとをしたいということでもなかったが、ここに来て数か月の間何一つとして問題も起きなかっただけに暇なのだ。そんな環境であったために誰でもよかったのだろう。同僚たちは、ここに青年が来た時と同じように順々に挨拶をすると、青年もそれに倣ってできるだけ優しい言葉をかけた。それからの青年の仕事に変化があったかと聞かれればそんなこともない。いなくなってしまった先輩の仕事は殆ど後輩が請け負うことになっていたし、偶にイレギュラーな仕事が回って来たとしてもいつも通り何もしていなくても終わっていくのだった。もし背の高い同僚の仕事が自分の方に回ってきていたのであれば、彼がいなくなった経緯を知るためのヒントを探すことができたのかもしれなかったが、残念ながらそういったこともなかった。

 それから数日して青年はまた社長に呼ばれる。わざわざ呼ばれること自体がストレスではあったものの、今回の件に関しては必ずしも悪い訳ではなかった。仕事の少ない時期のことであり、青年にはその空いた時間で研修のようなものに行ってほしいのだと言い、場所の指示を出した。ここにいる従業員たちは、護衛としての経験が浅くこれから育成もさせていくつもりなのだと言う。そのためそうした教育をしている施設の視察に行ってほしいのだと言い、従業員の中で最も体力のありそうな青年に白羽の矢が立ったという訳だ。社長がそうしたことを理解していたことには驚いたが、流石に先日入って来たふくよかな後輩のことを考えると危機感を覚えたのだろう。青年としては、トレーニングは自分だけでもできるとは思っていたものの、そういった機関にも興味がなかった訳ではなかったため快く承諾する。下手に退屈な仕事をさせられるよりもよっぽど有意義な時間の使い方なのだ。大きな街に来て一番心の踊ることであったのかもしれない。見学に行くだけならば予約のようなものも必要ないと言われたために、荷物をまとめるとすぐにその場所を目指して移動を始めた。

 目的地は事務所からは少し離れており、移動には馬車を要する。馬車は事務所近くを通る者に声をかけて、方向が一致しているのならば大抵は載せて行ってもらえるため特に困ることもない。それから青年が馬車に揺られていた時間は一時間かからない程度であった。ここいらはあまり来たことがない方向であり、街並みも普段いる所とは違っているため外を眺めているだけでもそれなりに楽しめる。青年が今住んでいる地区は住宅の多いエリアであり、小さな住居が集まっていてそこに商店も立ち並んでいた。一方で今から向かおうとしているのは、一度行かされたパーティー会場の方向であり、青年の生活圏内よりも栄えているように見える。大きな建物が多く、見た感じだと古そうではあったために歴史のある地域なのだろう。景色も美しく、青年としては好みであったためにこの辺りに住みたいとさえ思ってしまうほどである。田舎の村からイメージしていた「街」はまさにこの辺りの町並みであり、見慣れていたところと違うこの辺りはまた違う街に来たようにも錯覚させられた。

 目的地が近づいてきたのを察すると、青年は御者にお礼を言ってそこから降りる。後はメモを見ながら目的の場所に向かうだけだ。この辺りの建物はどれも大きく、街にとって重要な役割のある物も多いらしく、警備も手厚いように感じられた。公共の場を守る警備員を見ると、青年の仕事がプライベートな護衛であることを実感する。公的に雇われている人たちと比べると自分の給料の方が良いのだろうが、そうした実感もないことを考えると会社側がかなり持って行ってしまっているのだろう。今の会社を離れることになったのならば、今度はこうした公共の警備の仕事をしてもいいのかもしれない。今の会社の仕事も経歴として役に立つかもしれないし、それまでに言語を習得しておけばなんの問題もないはずだ。辺りを見渡しながら、警備員の立ち振る舞いを見ていると目的地まではすぐに到着してしまった。

 馬車を降りてから少し歩いてしまったのはこの辺りに不慣れであったからである。青年が今いるのはパーティーで知り合った故郷の男からもらったメモにある住所があるあたりである。住所の表記自体は分かりやすく簡単に見つけられそうなほどだ。後で時間があったら探しに来ても良いのかもしれない。すぐに訪ねる気はなかったものの、何かあった時のために事前に知っておくのも悪いことではないはずだ。既にこの辺りだと言うことを理解しているだけでも心強いように思えたが、情報は多ければ多いに越したこともなかった。

 それから青年が見つけたのはやたらと規模の大きい立派な建物である。何をするにも十分な大きさであり、中で格闘技が行われていても驚きはしないものの外見だけは違和感を覚えてしまう作りだ。見た目で言うのならば、格闘技をするところというよりは教会や神殿と言った施設なのである。怪しい宗教施設だと言われても信じられるだけの雰囲気があるのだ。本当にここで合っているのかも疑いたくなってしまうその建物以外にそれらしき施設も見当たらない。入りたいか入りたくないかで言えば、入りたくないと答えたくなるものの、ここに入るのが今日の仕事なのである。万が一違っていた場合は弁明することや逃げることも考えておくべきだろう。あのパーティー会場で出会った男の建物であれば匿ってもらえるはずだ。くだらないことで世話になる気もなかったが、万が一の時のことは考えておくに越したことはない。意を決して扉の方に行くと呼び鈴を鳴らす。それから鍵が開かれるとドアが開くようになり、祈るようにそれを押すと目の前には短い廊下が広がっていた。

 左手の方向を見ると受付の女性がこちらを見ている。自分のオフィスと構造自体は同じであり、珍しくもないシステムだ。他所の施設に来るのはパーティー会場を除いて殆ど初めてだったために忘れていたが、この町でセキュリティがしっかりしているところであるならばどこもこのような構造になるはずなのである。青年は受付のところに行くと施設を見学したいのだと簡潔に伝える。言語自体は分からなくてもそのくらいの言葉は事前に予習していただけに問題なく伝えると、奥の扉が開き別の女性が姿を現した。案内人は笑顔で施設内を進むと中の様子が分かる位置まで青年を連れて行く。言語が分からない部分が多いことを理解しているようであり、青年への説明はそれほど細かくはない。但し、言語関係なくできるだけ視覚だけで分かるような配慮があり、青年はそれだけで十分であった。巨大な建物の中央は所謂道場のようになっており、トレーニングに不便はなさそうだ。修練している者を見ても動きは悪くはない。少なくとも経験の浅そうな同僚たちであるならば、ここでも鍛えることはできるだろう。問題があるとするならば、オフィスからここまでの距離である。馬車で一時間弱となると無駄な時間が多すぎるように思えるのだ。今日に関して言うのならば偶然都合のいい馬車が通っただけでいつもそうだとも限らない。そこを加味した上でここに来る価値があるかと言われると自信は持てないのだ。正直ここで学べるくらいのことならば自分たちで研究してもできそうなものである。青年は頭の中で一定の回答を導き出すと、後は殆ど考え事をしながら案内の女性の後について歩くだけだった。案内も一時間程度で終わったために、その時間を待つのが仕事みたいなものであった。

 それが終わるとお礼を言って外に出る。丁度いい馬車を見つけると、早速それに乗り込んで寄り道せずに帰路についた。オフィスに戻ると自分の考えを含めて社長にそれを報告する。社長の方も距離のことを考えて元々肯定的には捉えていなかったようで、青年の考えに納得するとその日の仕事は終わりで良いと告げた。従業員に余計な時間を使わせるのは会社としても良いことではないのだろう。そんな時間があるのならば他の仕事をさせた方がずっと利益に繋がる。何も従業員想いの会社という訳ではなく、効率化を図るための措置と考えれば普遍的なことであった。


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