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5.不可思議な護衛任務

 目を覚ましたこの日も当然仕事であった。この日に関しては昨日ほど早く起きる必要もなかったため、比較的余裕を持って朝食をとる。パンを焼き、果物を食べるだけの簡単なメニューであり、空腹をごまかす程度のものだ。これで腹が満たされるかと聞かれればそんなこともなかったが、買い物に行けていない分他に食べる物のもない。概ね昨日と同じように朝の支度を終えると外に出て歩き出す。朝食は足りていなかったようであり、まだ時間のあるこの時間に何かを買っても良いような気がしていた。

 街の中をオフィスの方に向けて歩いていると、道の端に道の端に屋台のようなものが出ていることに気が付く。何やら香ばしい匂いがそこから漂ってくるのである。この街は何の匂いかは分からなかったものの、少し変な匂いがしていることがよくある。人間の数が自分の村よりも多く、自然も少ないこの街のことを考えると人工的な匂いがしても仕方がないのだろう。しかし今目の前の屋台から漂うそれは食欲をそそるものなのだ。近くまで寄ってみるとそこでは揚げた何かが売られている。これが一体何を揚げたものなのかは分からなかったのだが、手軽に食べられるもので間違いはなさそうだ。ここの文化を知ると言う意味でも食べてみることは悪いことでもないのだろう。そう思うと青年はポケットから小銭を取り出してそれを差し出す。財布を取り出さないのは、この辺りの治安があまりよくないと言うことを聞いていたからであり、そのためにポケットには予め小銭がいれてあったのだ。小銭と引き換えに商品を受け取ると近くでそれを観察する。持った感触はずっしりとしているため、金額を考えればお得なような気がするのだ。問題は味であり、これでおいしくなかった場合はこの重量感が仇となるのである。覚悟を決めてそれを口に運ぶと、中には具が入っておりジューシーな肉の油が染み出てきた。油は上質なものではなかったものの、味は悪くなかったと言える。ここでのホットスナックと言ったところなのだろう。朝に弱い青年にとっては重すぎるものであったのは間違いない。朝食というよりは昼食か間食として他のタイミングで買うべきであった。十分なボリュームのあるそれは、体を動かす人や若者には重宝されるだろう。一つ難点があるとすれば、油の質が良くない点である。食べ物に関して無頓着な方の青年でも体に良くないと思えてしまう出来であった。今日のように一日食べるならまだしも、毎日食べたのならば一週間も経たずに体調を崩してしまうのだろう。美味しいとは思ったものの次に食べるのならばもう少し先にしよう。そんなことを考えながら歩くとオフィスはもう目と鼻の先であった。考えてみれば食べながら歩くなんてことはあまりマナーの良いことではないように思える。自分の村では気にする者も誰もいなかったものの、ここで同様かはわからない。とりあえず早々に食べきらなければならないだろう。残りを全て口に含むと急いでそれを飲み込む。それから何事もなかったような顔を作るとオフィスの中へと入って行った。

 自分の席へ向かおうとすると、途中で待ち構えていたのは社長である。普段は自分の作業をしているか、他の従業員の席を回っているかのどちらかであったためにこうしているのは珍しい。昨日今日と自分が何か良くないことでもしてしまったのではないかと心配しながら挨拶をすると予想に反して社長は笑顔であった。話を聞くに昨日の仕事が良かったらしい。青年からしてみれば何もせずに立っているだけの作業ではあったものの、依頼主からすれば仕事の邪魔もしなかっただけに満足のいくものだったようだ。実際チップもたくさん受け取っており、そこに嘘もないようだ。いい仕事をした感触は全くなかったものの、自分がミスしていないのならばそれでいい。初仕事と言うこともあり、社長に「使えるやつ」だという印象を持たれたのならばそれはポジティブに受け取っておくべきなのだろう。青年はわざとらしく喜びを表すと、お礼を言って自分の席へと移動した。社長の方もその一言だけで満足したらしく、それ以上には何も言わずに自分の仕事へと戻って行った。

 褒められるの自体は悪いことではない。昨日の自分にとってはやりがいの無い仕事をどう捉えるかと悩んでいたものの、今は楽に越したことはないと思っている。まだ二日目ではあるものの年配の先輩の言っていたことも少し分かってきたような気がするのだ。気を付けなければならないことは、自分の腕を落とさないようにすることである。いつも武器は肌身離さず持ってはいるものの、その扱いは油断すれば落ちていく。腕が落ちることは命を危険に晒すこととも同義だと思っていたために気を付けなければならないと気を引き締めた。

 それから自分の席で武器の手入れをしていると事務員が書類を差し出す。読むとそこには今日の仕事について書かれており、どうやら外に出なくてもいいということであった。今日はこのオフィスの二階での仕事だそうで、既に到着している依頼主を守ることが自分に課されたことのようである。昨日と同様にただそこに居ればいいだけのことであり、誰とも接触しなければそこで終わる簡単な仕事であった。前日と違うことがあるとすれば場所がこのオフィスであるという点だ。直接本人を守るのは自分がしなければならなかったことではあるものの、一階には先輩たちを含めた他の従業員たちがいる。不審な者が入ってくれば彼らが先に気が付いて対処してくれるだろう。そもそもオフィスの前に不審な人がいれば誰かが通報してくれるはずだ。そう考えると今日の仕事も楽になることが予想された。時間が過ぎるのを長く感じるだけで給料が発生するならば安いものだ。昨日と同様にチップを弾んでもらえるのなら尚良い。そう思いながら二階に上がって指定された部屋の扉を開くと、また予想外の展開が待っていた。

 扉を開けるとそこにいたのはまだ幼い少女である。子供の年齢を判断するのは得意ではないものの、まだ学校にも行っていなさそうな見た目だ。コミュニケーションがしっかりとれるのかどうかは分からないが不安そうな目からは言いたいこともなんとなく伝わる。

純粋な瞳の奥で揺れているものがあるのだ。青年がここに来るよりも先に来ているということはかなり早い時間に連れてこられたのだろう。きっとこの子の両親の都合で預け先として選ばれ、金を払って託児所代わりにされているのだ。金さえもらえれば大抵の要件は引き受けるのがこの事務所のスタイルである。社長の方も子供のことも考えずに二つ返事で承諾し、新人で手の空いていそうな青年に押し付けたと言ったところだろう。青年としてはまだまだここの仕事には不慣れであったために、こういったことを回されても文句は言えない。護衛の仕事がメインではあるものの、争い自体が好きという訳でもないためこれならこれでいいのだ。

 青年が部屋に入っていくと、少女はじっと見つめてくる。子供の仕事にも不慣れな青年にとってはこういったことが想定外であったのも相まって反応に困ってしまった。ここで何もしないのも良くないのだろう。青年はできるだけ気のいい笑顔を作ると、それが愛想笑いに見えないように心掛けた。青年自体もここ最近笑った記憶がない。社長や先輩に対しての無意識な笑顔は作っているものの、それが上手くできているかの自信もなかった。今回に関して言えば、少女の方も笑顔を返してくれているところを見るに安心して良いのだろう。青年は少女の方へと寄っていくと、少女に他愛もない質問を始めた。

 言語の壁こそあったものの、何もできない訳でもない。少女の話すことは半分も分からなかったものの、相槌を打つことくらいはできた。子供というのはおしゃべりで、女の子ともなれば猶更のようであった。青年は分かったような顔をして聞いていればいいという簡単な仕事をするだけでいいのである。この日の仕事自体は前日の緊張感を考えると楽なものではあったものの、こうした年端もいかない少女よりも自由に会話ができない自分自身には落胆する部分もあり、自分の情けなさに身を打たれる思いであった。今後のことを考えると武術の他にも身につけておくべきことがあるのかもしれない。ここでの仕事に慣れたら自分の余裕を作ることに専念するべきだろう。自分の先のことがまとまるとそこから先は護衛対象のことを考え始めた。こうした子供にまで護衛が必要と言うことは、どこかの金持ちの家の娘さんであることは間違いないのだろう。依頼主については全く聞かされていなかったが、身なりを見ればなんとなく想像もつく。そうなれば誰かに狙われてしまっても不思議ではない。治安の悪いと言われているこの街で、身代金を要求するための人質として扱われかねないのだ。ご両親が何かの都合で家に居られないとなると、青年のいるような護衛を専門とする会社に依頼を出してもなんら不思議ではない。家においておいても良いのかもしれないが、リスクがないとも言えないのだろう。この街では毎日どのくらいのペースで犯罪が起きているのかも知らなかったが、少なくないことくらいは認識していた。新聞はこのオフィスにも届いていたが、この国の言葉が読める訳でもなかったために把握できていない。同僚たちに聞くくらいしかこの街の情報を入手する術もなかっただけに、ここに来て数日の青年にはこの街の出来事を何も知らなかった。元々他所の村出身の青年としては仕方のないことではあるもののあまりに無知だったのだ。大きな事件でもあったのならば、会社か先輩から伝えられるのだろうと思っていたために、今現在何か特別悪いことが起こっている訳でもないとは思うものの、子ども一人に護衛が必要な眼前のことを考えると身を引き締め直さなければならないと思った。

 それからこの日の仕事もゆっくりとした時間の中を進んで行く。食事の時間と午後の間食の時間に食べ物が運ばれてきた時を除けば、誰もそこには訪れもしなかった。何一つトラブルもなく仕事を終えたことを意味しておりよく言えば任務達成ではあったものの、退屈であったことには変わりない。収穫の一つも得られないのは青年の心持としても嬉しくなかったために、少女からの言葉で現地の言葉を学んだが、数もそれほど多くなかっただけに意味があるのかも分からなかった。夕方事務員が青年を呼びに来るとそこで仕事は終わりだ。書類さえ作成してしまえば後は帰るだけである。

 この日の帰り道はいつも以上に周囲を警戒しながら家路を辿る。今日のことを踏まえこの街の治安のことを考えると、もう少し気を付けながら歩くべきだと思うのだ。正直に言うと、青年としてはこの道が危険だと言う実感は少しもない。食べ物を売る店に寄れば誰もが気さくに話しかけてくれてサービスも良い。青年の部屋のある宿屋も、愛想こそ良くないものの危ないとは思わない。比較的住みやすい場所だと思ってしまうのはこの辺りがまだ比較的裕福なエリアだからなのだろうか。青年自体が街のルールを守っているだけに危険を回避しているのも事実だ。もし路地裏にでも行こうと思ったならばあっという間に何かの目に遭ってしまうのだろう。自分の部屋にいる際にも、夜や早朝には外で何かが起こっているのは耳にした。事件性のある悲鳴もこの数日で聞かなかった訳でもない。何が起こっているのかは分からなかったものの、下手に首を突っ込むことが賢い選択ではないことも分かっていた。青年はその日もどこへも行かないままで部屋に戻るとベッドの中で翌朝を迎えるだけだった。


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