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2.蠢きだす出会い

 最後の目的地に馬車が到着したのはもう完全な夜のことである。もうすっかり日は沈んでおり、早い人はもう眠ってしまっていてもおかしくはない時間帯だ。座っていただけにも関わらず、長距離の移動とは思ったよりも体に来るようである。純粋な体力の部分でも疲労を感じていた上に、不規則な睡眠が青年の体感を狂わせていたのだろう。到着時には、はっきりとしない頭が辺りから感じる妙な匂いを捉えていたことだけは覚えている。

 一度自分を奮い立たせると、馬車から降りて辺りを見渡す。これからお世話になる職場の者がここまで迎えに来てくれるはずであったのだ。合流する場所がどこだったのかは土地勘のない青年には分からなかったものの、今はここから離れるのが先決だ。青年の見た目は明らかに余所者であり、それを見た街の人々が寄ってきたからである。青年の言語能力では百パーセント理解するには及ばなかったものの、恐らくは移動の馬車や宿泊先のホテルを勧めてきているのは分かった。そのため予定が決まっていた自分にとってはいらないお節介だ。自分の村でこんなことをしたのならば、他の住民たちからお叱りの言葉を頂戴することになるだろう。文化の違いをこんなにも早く感じることになるとは思わなかった。

 しつこい商売人たちの間を抜けると、自分のことを知る人物を探して彷徨い歩く。人混みを抜けたところにカバンを置いてため息を一つ吐くと、向こうから女性がやってきて青年に声をかけた。自分の名前が呼ばれているのに気が付くとそちらに振り返る。見ると鼻の高い、少し歳のいった女性が笑顔でこちらの様子を伺っている。見たところでは、青年の母親に近い歳なのだろう。青年は自分の容姿をそれほど気にしたこともなかったが、ここで出会った人々と比べると随分と違っていることに気が付く。鼻も高くなければ、肌の色も自分の方が少し濃い。背も高くなければ、髪の毛の色も違っていたのである。わざわざ青年の使う言語で話かけてきているのだから確信を持って話しかけてきたのだろう。実際この女性が青年のことを迎えに来た人物であり、これから世話になる会社の社長であった。

 自己紹介をされるまでこの人物が会社のトップであることにも気が付かなったが、随分とフットワークが軽いものである。それほどまでに自分が歓迎されているのか、それとも誰が来る際にはいつもこのような形をとっているのだろうか。自分のことは伝えてあっただけに、期待されていないこともないかもしれなかった。村に来ていた募集には、条件というものが殆ど存在しなかったのだ。書かれていたのは年齢くらいのものであり、誰でもこの仕事に就けるようであった。そんな中、普段から体を動かしていた自分が注目されていてもおかしくはない。この町での仕事も村でしていたことに近いだけに、即戦力のように思われていたところでなんら不思議はなかった。青年の心情としてはこの旅が順風満帆であるのだと思っても差支えの無いものだと思った。現に社長は笑顔で話し始めており、自分に悪い印象もないようなのである。ここから自分がミスでもしない限りは普通に過ごすことはできるのだろう。頭の中が整理されると青年は社長の言葉に耳を傾けた。

 社長の話はよくある質問から始まる。村の様子やこの旅がどうたったのかを尋ねると、青年もありきたりな回答をした。彼女は青年の言語で話しかけてくれてはいるものの、完璧ではない。そうは言ってもコミュニケーションは十分に取れる程度であり、有難いことには変わりなかった。

社長は簡単な質問を終えると仕事の説明に入る。この町ですることはボディーガードのような仕事であり、やることはやはり村でしていたこととそう変わらないようであった。ボディーガードと言っても、大抵は何事も起きない仕事であり、そこまで身構えることはないのである。ざっくりとした説明を聞いていると殆どは既に知らされていたことであり、今更特に驚くこともない。どちらかと言えば、これから世話になる会社の社長と話していると気を遣ってしまっているようで疲れを感じる。初対面での印象を損ねるのが得策であるとも思わないため、丁寧に相槌は打っていたものの、この暗い道はいつになったら終わるのかと意識は明後日の方向にあった。

 青年の興味が話に戻ったのは、社長がこの街の治安について話し始めた時である。聞くにこの町の治安というものはあまり良いものではないらしい。そもそも治安が良ければボディーガードのような仕事もいらない訳であり、需要があるだけに会社が成り立つようであった。幸いにして青年がこれから過ごすエリアというのは比較的安全な地域のようで、金持ちの住むそのあたりでは生活に余裕がある分セキュリティもしっかりしていて犯罪もそう多くない万が一の場合に備えての依頼に答えるのがこの社長の会社のようであり、青年のこれからの仕事であった。段取りを聞くと青年の身も引き締まる。

 それから社長はそんな危険な町での立ち振る舞いについても注意点を述べる。仮に自分に自信があったとしても、夜に出歩くのは控えた方が良いと言うことであった。寧ろ自信ほど油断に繋がることもないようで、社長の言葉にはどこか説得力が感じられた。そもそも今こうして歩いていること自体も多少のリスクは伴っているようではあったものの、社長曰く、危険かどうかの見極めはできるようであり、今は心配しなくても良いと言うことであった。青年としてはその基準も分からないものの、まだ聞いて理解できる自信もなかったために同意の言葉だけを発する。知らなければ仕事終わりに夜の町に出ていたことだろう。自分の村にいた頃であれば友人の家に酒を持って行くこともあったのだが、ここではそれも控えるべきなのだ。

 聞いた話を忘れないようにと頭の中で復唱していると、宿泊先まではあっという間に到着する。社長の注意喚起を聞くに、夜間に長距離を移動させられることもないとは思っていたために妥当な距離なのだろう。ここまでの道のりは道幅も広く、馬車が余裕ですれ違えるほどに広かった。しっかりと整備された道は、この辺りに裕福な人々が暮らしていることを示唆している。恐らくこんな時間に歩いてこられたのもこのような道だったからなのだろう。街灯に火も灯っているところを見るに、ここが夜間の通行も想定しているということなのだ。点々と点けられた火は淡く、幻想的な世界を作り出しているようにも見える。これがもし路地裏であったのならば命の保証もできなかったのだろう。道の脇の茂みですら奥に何がいるのかも分からなかったために寄るべきではないのだろう。

馬小屋から歩いて十五分ほどのところ。重いカバンを引いて社長について行った先にあったのは小さな宿屋であった。聞くにここは社長の知り合いが経営しているのだそうだ。これから青年はここでここ暮らすことになるらしく、この町における青年の家になるのだ。社長の知り合いがいると言うことで、何かあっても対応がしやすく、職場からもそう遠くもないため条件としては申し分ない。宿屋の印象があまり良くなく感じてしまったのは、あまりにも社長が自信満々に話した分、期待値が上がってしまっていたからだろう。無意識の行動なのか、それとも謙虚ではないのがこの街の文化なのかはまだ分からなかったが、今まで暮らしてきた村にいなかったタイプであったために違和感は否めなかった。

呼び鈴を押すと店主が顔を出す。元々この時間から客を受け入れたりはしないそうなのだが、今日に関しては社長の方が連絡をしておいてくれたために特別に戸を開けてくれたのである。どうやら社長の予定した通りに事は進んでいるらしく、迷惑をかけていない現状には安心を覚える。店主の方も社長の知り合いと言うことで、年配とまでは言わないが、それなりに年上の女性であった。あまり愛想がよくないように見えるのは、青年がこの街の言語をまだ習得していないからだろう。もう少し上手くコミュニケーションができていれば自己紹介もできるため、お互いに理解することもできただろうに、残念ながらこの段階ではそれも叶わなかった。青年の方にも責任があったのは事実だが、宿屋の店主もどうせ話せないのだろうと思い込んでいた部分があったようであり、それが余計に印象を悪くしていた。

施設の設備の説明は社長の方から簡単にされると礼を言って自分の部屋に移動する。重い荷物を何でもないような顔で運んで扉を閉めると漸くここで一息つけるようになった。部屋の中を見ると一人用にしては広い部屋であり、店主の態度とは裏腹にもてなされているような気分にもなる。青年にとって幸運だったのは、部屋にシャワーやトイレといったものが備え付けられていたことである。あまり宿の中を歩き回りたくないと思っていただけに、行動が必要最低限で住むことは青年のストレスを減らすことに他ならなかった。青年は何十時間ぶりのシャワーを浴びると体の汚れとともに疲労を洗い流す。この日、これ以上のこともできるとは思えなかっただけに、体の水気をふき取るとベッドに移動した。

 それから朝まで全く動かなかったことは想像に難くない。一度も起きずに朝を迎えると、昨夜からまだそれほど時間が経っていないような錯覚に陥っていた。

 社長が来たのは日が昇ってから数時間が経った頃である。それまでの間、青年は荷物を広げたり、身支度をしたり、朝食を食べたりして、ここでの生活に備えていた。食事は出してもらえるものの、決して安くはないため落ち着いたら自分でどうにかするべきだろう。特に最初の給料が払われるまでは生活に余裕もないのだ。幸いだったのは、ここの施設にあるものを利用する分には追加の支払いが発生しなかった。飽くまでも食事だけであり、自炊をするならば食材以上にはかからない。どこかのタイミングで買い物にも行くべきだろう。近くに食材の揃っている店があるのかと、窓から顔を覗かせている時に見えたのが社長であった。思わず顔を引っ込めたのには深い意味はなく、反射的にしてしまったことだ。彼女は速足で青年の部屋を尋ねると、今日は業務の説明をするのだと言った。

 事前にも聞いてはいたものの、具体的な内容を改めて教えてくれると言うのである。社長に連れられて宿屋の外に出ると、職場の方へと軽快に向かった。いくら自分が「即戦力」と思われていたとしても、初日から業務に出ろと言われることもあるまい。今日は気軽に話を聞いていればいい筈だ。心に余裕ができると辺りの景色も見えてくる。昨日の夜に見たこの道と、明るくなった今見ている同じ道とでは、景色に大きな差があるようであった。不気味にしか感じられなかった道の脇の草木もこうしてみると町に彩を加える立派な要素である。街行く人々にも活気が感じられ、あちこちで聞こえてくる話し声は賑やかなものであった。青年は今のところ何も知らずに辺りを眺めながら歩いているだけで、旅行気分のそれと大差はない。あちこちの店を覗きながら歩いていると、様子を見て社長は仕事の話を始めた。

 まず初めに社長が何を言うかと思えば、明日から業務を開始できるかという質問であった。雇われている立場であり、社長にそう聞かれれば断ることもできないのだが、正直に言うとここでの生活基盤が整えるために二、三日は待ってほかったのである。しかしここで「できない」と答えてしまえば、赴任早々に悪い印象を与えることになるのだろう。ここで信用を失えばここでの生活に支障が出ることはまず間違いない。青年にとっては有難い話ではなかったものの渋々首を縦に振る。聞いていた話と照らし合わせて考えても、青年の立場からしてみれば業務を早く始めるメリットもない。寧ろ給料が月ごとに定額で入ることを考えれば開始は遅ければ遅い方が良いくらいなのだ。当然経営者側からすればその逆であり、仕事を早く始めさせた方が得であることも分かる。ただそれがお互いの印象を決めるものであり、青年にしてみれば良いものではなかった。

 初出勤の日取りが決まると仕事の内容の話に移る。以前から聞いた通り、依頼人の護衛をするというのが仕事だ。村に住んでいた時は、守るべき対象が「畑」や「家」のように漠然としたものではあったが、ここでは具体的な人物を守らなければならない。もっともこの護衛の仕事に関しても、襲われることは珍しいことであり、あっても一年に二三回程度であると言うことであった。この街の治安は確かに悪いものの、護衛がいるような相手をわざわざ襲うような者もいない。金持ちの周りにいて、存在感を出していればそれでいいのだそうである。経験の少ない者でも雇われている理由は実戦を重視していないからであり、他所の街から来た人間を雇うのは目立つからだと言う説明もそこでされた。何事もなかったとしても給料は発生する。依頼人に気に入られれば追加で報酬を得られることもあるくらいの楽な仕事のようであった。当然その裏にはリスクがあるのだが、それはその時に考えればよい。少しの緊張感は覚えたものの、今そのことを考えたところで仕方もない。青年は社長の話を聞きながら、深くは考えないように頭の中に刷り込んで行った。


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