第九話
「ルミナ……」
頼もしい援軍に、リーシャは心の底から安堵の息を漏らした。
本来は自分だけで切り抜けなければならなかったと自覚はしている。けれど状況が状況なので素直に助力を願うのが最善だろう。
「ごめんなさい、ヘマしちゃった。手伝ってくれる?」
「もっちろん! そのために来たんだから! でもごめん、状況がまだあんまりわかってない。指示してもらっていい?」
「そうね――……」
状況に余裕ができたリーシャは、張りつめていた神経を少し緩めて思考に割いた。
(筋から言えば、私が魔狼の相手をしてルミナには第三班のみんなを避難させてもらうべき。でも……)
リーシャはルミナを観察する。
走ってきて体温が上がっているせいもあるのだろうか。ルミナは見るからに元気いっぱいという雰囲気だった。むしろ森の奥を睨む目は鋭く、殺る気満々といったふうである。
その様子を見てしばし逡巡し、そしてリーシャは小さくため息を吐いた。
危うい状況を招いた自らの行いへの自嘲や、さらに駆けつけてくれたルミナを危険に晒さなければならない選択をする自身への失望など、複雑に重なった感情故のものだった。
「少しだけあの魔狼たちの相手を任せていいかしら。ルミナには負担をかけてしまうけれど……」
だが、リーシャが頼ると、なぜかルミナの表情が目に見えて明るくなった。
「任せて! あんな犬っころなんて、わたしがバッチリ食い止めてみせるから!」
頼もしい返事が返ってくる。これなら安心して任せられそうだ。
リーシャがそう考えていたところ、魔狼たちの動きに変化があった。
援軍が来たことで焦ったのだろうか。弱った獲物を逃すまいと考えてか、数匹が一度に飛び出してきた。左右に分かれたりタイミングをずらしたり、狙いをつけにくくして近づいてくる。
しかしそんな程度のことで、ルミナに動揺した様子はなかった。
「よくもお姉ちゃんを……。絶対許さないんだから! ――水の鞭・三重!」
ルミナが使った魔法によって、水の鞭が三本形成された。
それぞれの鞭は独立した生き物のような動きで魔狼に迫る。不規則な挙動は魔狼に回避を許さず、あっさりとその身を捉えて分断し殺傷。勢い余って大音を立て、その奥の木々を深く抉った。
さすがに木が折れるほどではないものの、その威力を見たリーシャの背筋に寒いものが流れる。
(ちょっと……威力が過剰すぎない?)
しかしそう思ったのはリーシャだけではなかったらしい。
同時に後続の魔狼たちの動きも鈍った。続けて飛び出してきたはいいものの、どうしていいのか迷ったらしく、立ち止まってルミナに牙を剝いてうなりを上げた。
その隙を見て、リーシャは動いた。ルミナと魔狼に背を向けて、第三班へと走りだす。
すると、ルミナの張り上げた声が背中越しに聞こえてきた。
「シモンとフレデリカもお姉ちゃんを手伝ってあげて!」
「ういっす」
「承知しました」
ルミナに少し遅れて到着した二人――第二班のシモンとフレデリカも、快くリーシャに着いてきてくれる。迷う素振りのない姿は頼もしい限りだ。
三人は後ろでへたり込む第三班に駆け寄った。
「遅くなってごめんなさい。怪我は大丈夫?」
そう言いつつ、リーシャは第三班の状態を確認する。
(負傷部位は足と、腕と……あとは魔力切れね)
三者三様だが、この中で歩けそうなのは腕を負傷した者だけ。であれば、たとえ一人で逃げたとしても、もしも逃げた先で他の魔物に遭遇すれば、獲物になってしまう。逃げられないのも道理か、とリーシャは納得した。
「申し訳ないのだけど、シモンさんは魔力切れの彼を担いであげてくれる? フレデリカさんは足を負傷した彼女に肩を貸してあげて」
リーシャが指示を出すと、シモンとフレデリカは短く首肯し、即座に動いてくれる。それぞれが動けるようになったことを確認すると、リーシャが続ける。
「この先に私の班の班員がいるわ。そこまで行って合流しましょう」
あとはすぐに片が付いた。
リーシャとシモン、フレデリカと第三班は、リーシャに指示された場所で大人しく待機していた第一班のミレイルとマーカスに合流。その場で負傷者中心に置き、動ける者たちで円形に囲み警戒態勢をとる。
あとはリーシャが単独でルミナの元へ戻り、姉妹で協力して魔狼を一掃。その後、疲弊したリーシャに代わってルミナが光の探知・広域で周囲の状況を把握し、とりあえずの安全を確認して、ようやく全員が落ち着くことができた。
「さて、と……」
第一班、第二班、第三班の総勢九人が一塊になって一息ついたところで唐突にルミナが切り出した。
「あのさ、なんでお姉ちゃんがあんな犬ごときを相手にしたくらいでこんなに消耗してるの? 誰か説明してくれるよね?」
ルミナの顔は笑っているが、目は笑っていない。こめかみには青筋も立っていて、まさにぶちギレ寸前。
その問いかけはリーシャに向けたものではなかったが、さすがのリーシャも顔を引き攣らせずにいられなかった。
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