第八話
鬱蒼と茂る森の中をリーシャたち第一班は全力で駆け抜ける。
「ちょ……っ、速……す、ぎ……! リーシャさん、待って!」
「私の後ろに着いてくれば安全だから急いで!」
泣き言を零すミレイルに発破をかけつつ、リーシャは後ろの二人に向かって魔法を発動する。
「|風の加速・強力《ヴェントゥス・アクセラティオ・フォルティス》」
発生した追い風で、二人のペースが上がった。リーシャの受ける恩恵はわずかだったが、狙い通り差は縮まってミレイルも口を閉ざした。
さらに数分ほど走り、そろそろ目的の場所かと思ったところで――
(見えた!)
リーシャの視界が第三班を捉えた。
「二人はここで待機! 近寄ってきた魔物には自分たちで対応すること! いいわね!」
「え、ちょっ、リーシャさん!?」
ミレイルの戸惑い混じりの叫び声。荒々しい呼吸はマーカスのものだろう。格好つけていたわりに軟弱なやつ。
(だけど、今はどちらも無視!)
「土の柱・迅速!」
リーシャの足元から土の柱が急速に迫り上がる。土魔法は風魔法ほど得意でないがこれで十分、用は足りる。
地上は班員たちがいて視界が悪い。
土の柱から跳躍して、リーシャは空中に躍り出る。ここまで来て、ようやく班員たちを狙っているモノが何であるか正確に把握した。
(――魔狼の群れ!)
個体毎で見ると魔物のなかではそれほど強い相手ではない。だが、魔狼は数が集まると厄介だ。連携して獲物を狩る習性がある。
開けた視界に魔狼たちをおさめ、右手の杖を前に突き出す。
「風の矢・複数!」
リーシャの周囲から無数の矢状になった風が放たれ、魔狼たちへと殺到する。風の矢は先頭の数匹を刺し貫いた。
そのままの勢いで地面に着地。前転して衝撃を殺しながら、班員と魔狼たちの間に割り込む。
「え!?」
「――――誰……って、リーシャ・アーデルハイド!?」
突如現れたリーシャと魔法に、第三班班員の困惑した声が上がる。そんな彼らに向けて、リーシャは魔狼たちから目を離さないようにして叫んだ。
「ここは私が引き受ける! だからみんなは早く行って!」
そう言いながらリーシャは火の球・単一を杖の先に発生させた。
森の中で火を放つことはできないが、牽制にはなる。火を忌避する本能は魔物化した動物でも同じはずだ。
じりじりと肌を灼く熱気を頬に感じながら魔狼たちと対峙する。頬を伝う汗は熱さか緊張か。
魔狼たちは突然発生した火の球を恐れるように少しの間だけ身を引いたが、飛んでこないとみるや唸り声を上げた。
想像していたよりも効果が薄い。さすが知性の高さ故か。
それでも一〇秒ほどの時間、リーシャは魔狼たちの注意をすべて自分に惹きつけることに成功した。しかし後ろの第三班に動く気配はない。
訝しんだリーシャがちらと肩越しに様子を確認する。すると班員たちはそれぞれ腕や足を押さえて、焦ったようにリーシャを見ていた。
(怪我をしている……?)
一瞬だったので詳細にはわからないが、おそらく最低一人は足の怪我。他の二人もそれぞれ腕などを負傷していて、担いで連れて行くことはできないらしい。
(失敗した。ミレイルさんとマーカスさんを連れてくるべきだった)
万全の彼らなら順番にでも三人を連れていけただろう。しかし彼らは待機させてある。性格からして、おそらく動くことはない。
ならば――
(今、ここでやるしかない……!)
魔狼たちとリーシャの戦いが始まって数分ほど経ち、早くもリーシャは苦境に立たされていた。
「はぁ……っ、はぁ……――っ、風の槌・圧縮!」
飛び掛かってきた一匹の魔狼を風の槌で振り払う。直撃を受けた魔狼はよろめきながらも森の奥へ消えていった。
(また……)
戦いは硬直状態に陥っていた。
魔狼たちは敵となるのがリーシャただ一人だとわかると、持久戦に切り替えたらしい。リーシャの隙を狙うように、一匹ずつ間を開けて襲い掛かってくる。
いつ襲ってくるかわからない緊張感に、リーシャは徐々に疲弊していった。
さらにここは森の中。必然的に、使える魔法が限られてくる。
(厄介ね……)
火魔法は論外。土魔法は使えるが不得意。
得意の風魔法は発動時間が短く威力も高いため、比較的使いやすい。しかし広範囲の魔法は木々に阻まれ、一気に片づけることはできない。
風の矢ならば殺傷力もあるが、命中範囲が狭く、万が一にでも外した場合、今度はリーシャの命が危うい。だから風の槌で都度追い払っているのだが、こちらはダメージこそ与えられるものの決定打にならない。
後ろには第三班が控えているため、避けることもできない。
つまるところ、詰んでいた。
それに何より一番の問題は――
(魔力が、残り少ない……!)
仮にリーシャの魔力が潤沢に残っていれば、これら不利な条件を覆してでも強引に片づけることは可能だっただろう。
しかしチェックポイントまでの魔法の多重使用、そしてここまでの強行軍、さらなる魔狼との戦い。これらすべての要素が積み重なり、そろそろ底が見え始めるころだった。
(自業自得ね……。自分の力を過信しすぎた)
リーシャは内心で自重する。
強くなると誓ったあとすぐにこれだ。本当に救いようがない。
しかし泣き言を言ったところで、魔狼たちが攻撃をやめてくれるわけではない。
リーシャは顎を伝って流れ落ちる汗を制服の袖で拭い、荒い呼吸を整えながら、目に力を込めた。
(引き受けると言った以上、この場は私が責任を持つ!)
緊迫する状況の中、リーシャは思考を巡らせる。
(このままではじり貧……。いずれ魔力を使い果たした私がやられる。では、やり方を変えなければならない)
この場を切り抜ける方法。リーシャの頭の中に一つの案がのぼる。
(あの魔法なら……でも……)
おそらくなんとかなるだろう。しかし、そこでリーシャの魔力は使い果たされる。それでは帰れない。
思い浮かぶのは、ミレイルとマーカス――第一班の二人。彼らはその後を引き継いでくれるだろうか。負傷した第三班と動けなくなったリーシャの面倒を見ながら、森を――
どう考えても無謀だ。けれど、今やらなければ今ここで終わるだけ。ならば結局、選択肢はない。
(きっとなんとかしてくれる。だって彼らも名門、ルーンクレスト魔法学院の生徒なのだから)
それがリーシャの出した答えだった。
「風の――……」
決心したリーシャが残る魔力をすべて杖に注ぎこみ、今使える最大限の魔法を発動させようとしたそのとき
何かが猛烈な勢いで後ろから近づいてきた。
何かはリーシャの隣で急停止すると、そのまま「水の波・広域!」森の中に向けて魔法を放った。
発生した水の波はその多大な質量で、木々に隠れる魔狼を避ける隙間なく押し流していく。
突然変わった状況についていけず、リーシャは茫然と佇む。そんなリーシャの耳に、世界で一番信頼できる声が届いた。
「……お待たせ! お姉ちゃんっ」
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