第七話
「なあ、リーシャさん。あとどのくらいだ?」
「もう少しね」
「なんか思ってたより遠かったよねー」
(勝手なことばかり言って……)
とはいえ、実際かなり遠回りしている。三〇分ほどの予定が、すでに一五分ほど超過してしまった。
滅多にない野外演習ということもあってか、余裕を持って三時間の枠がとられている。
だから時間が差し迫っているわけではないものの、リーシャはこの状況に違和感を覚えていた。
(想定よりも、魔物の数が多い? 先生の言い方だと「いるかもしれないから気をつけなさい」くらいに聞こえたけれど)
今のところ、命を脅かすほど危険な魔物は見つけていない。
だが『油断したところを狙われれば怪我くらいはするかもしれない』程度の魔物なら何度となく遭遇しかけた。
(対処できないほどではないけど)
リーシャほどの実力がなくても、ちゃんと連携すれば問題なく倒せるだろう。
ルーンクレスト魔法学院は名門だ。そこに通っているというだけで並ではない。そのはずなのだ。
(あの様子を見ていると、とてもそうは見えないけどね。普段から危険に晒されるという経験がないから仕方がないのかも)
伝統的に良家の子女が多いせいもあるだろう。彼らの多くは自身の屋敷で専門の家庭教師から安全に魔法を学んできたはずだ。
アーデルハイド家は実力主義ということもあって、地位の高い家としては珍しく、こういう状況に対応するための訓練を受けてきている。
(昔はよくルミナと一緒に山へ放り込まれたものね。懐かしいわ)
幼少の思い出にクスッと笑みが漏れる。
結局なにもしなかったミレイルとマーカスに対するわだかまりも、不思議と和らいだ気がした。
「あ! あれじゃない?」
さらに一五分ほどかけて歩いたところで、ようやく目的地に到着する。
設置してあった木箱を見つけたミレイルが駆け寄り、蓋を開こうとする――が、開かない。
「封印されているようだね。どれ……」
ミレイルを追ったマーカスが、演習が始まって以来初めて杖を取り出し、魔法を唱えた。
「開錠」
以前講義で習った簡単な開錠魔法。
さすがにこれで開けられないほどジェイド教諭も意地悪ではなかったらしく、特に抵抗なく封印が外れた。
するとマーカスがこれ見よがしに得意そうな視線を送ってくる。
リーシャは初めこそ「なんだろうか」と考えていたがすぐに心当たりに行き着いた。
「……ありがとう?」
リーシャが要求(?)に応えると、マーカスがキザったらしく鼻を鳴らした。
「礼には及ばないさ。リーシャさんにはここまで負担をかけてしまったからね」
対応としてはどうやら正解だったらしいが、リーシャはいまいち釈然としない思いを抱えることとなった。
ともあれ無事に目的の魔晶石を手に入れられた。少しだけ気が抜け、リーシャはほっと息を吐く。
そんなリーシャに、マーカスが話を振った。
「リーシャさん、どうする? 少し休んでいくかい?」
一応気遣ってくれているらしい。リーシャは顎に指を当てて考える。
(……急いだ方がいいかもしれない)
想定よりも魔物が多いことがジェイド教諭の狙いであれば問題ないが、もしも異常事態だった場合、何が起こるかわからない。
仮にリーシャたちが無事に済んでも、他の班の人たちに危険が及ぶようなことがあれば――
(念のため、早めに先生に知らせよう)
そう判断したリーシャは首を横に振った。
「いいえ、大丈夫よ。すぐに出ましょう」
幸い、あとは帰るだけだ。現在の魔力残量ならば多少無理をしても大丈夫だろう。無理に遠回りして温存する必要もない。
それに報告に信憑性を持たせるためには、ミレイルとマーカスにも魔物を見せておいた方が話が早い。
そう判断し、いざ出発となったときのことだった。
唐突に少し離れた空から何かが破裂したような音が三発連続で響いた。
飛び上がって驚いたマーカスとミレイルが、忙しなく周囲に視線を這わせる。
「――ッ、なんだ!?」
「なになに!? 何の音!?」
一方のリーシャは驚きはしたものの、努めて冷静に状況を判断した。
(近くではない。そしてこれは『伝令』の音。三発連続ということは――救難信号!?)
いざというときに使うように習った覚えがある。それが使われたということは、誰かになんらかの危機が訪れたということに他ならない。いったい誰が。
(あの位置なら……きっと第三班ね)
音のした方向と地図を照らし合わせて判断する。あの辺りは第三班のチェックポイント付近のはずだ。
一瞬だけルミナの班でなかったことに安堵しかけ、すぐに反省した。今誰かに危機が迫っているというのに、気を抜いている場合ではない。
リーシャは風の探知・広域の範囲を広げ、先ほどの伝令が打ち上がった周囲を探る。
すぐさま広がった魔法は、リーシャに必要な情報を伝えてくる。
そしてリーシャの血の気が引いた。
(囲まれている!? それも、こんなにたくさんの――)
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