第五話
夜、リーシャは寮のベッドに入ってから、講義でジェイド教諭から告げられた言葉を思い出す。
(野外演習、か……)
部屋にあるもう一つのベッドに目を向ける。そこにはルミナが目を閉じ、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てていた。あどけない寝姿に、自然と頬が緩む。
班分けの通達は当日と言われたが、ルミナと組まされることはないだろう。
なにせ首席と次席だ。
いくら双子とはいえ、ここを組ませては他の班に不公平になるどころか、演習の意味合い自体が薄れてしまう恐れもある。
(それに……ちょっとだけ、ありがたいかも)
あれからルミナとは、ぎくしゃくしたままだ。ルミナもどうしていいのかわからないらしく、どこか覇気がない。
そもそも喧嘩をしたというわけではないのだ。しかしだからこそ、却って解決が難しい。
(謝るのも変な話だし……)
とはいえ、何かあからさまに問題が起きているわけではない。ならばもう放っておくほうがいいのだろうか。
この手の悩みは大抵の場合、時が解決してくれる。
そう聞いたことがある気もするが、対人関係の経験値に乏しいリーシャには、それが本当のことなのかなかなか判断に迷うところだった。
一週間が過ぎ、野外演習の日となった。
ルーンクレスト魔法学院の北東部の森林地帯、通称〝試練の森〟――そこが野外演習で使われる場所となる。
野生の魔物が生息するため普段は生徒の立ち入りを禁じられているこの区画だが、演習で使用するときだけは教諭たちが事前に確認した上で解放される。
「第一班、リーシャ・アーデルハイト、ミレイル・オルティス、マーカス・ヴァイス。第二班、ルミナ・アーデルハイト、シモン・レーンハルト、フレデリカ・ノルド――……」
リーシャが予想した通り、ルミナとは別の班に振り分けられた。各班最初に呼ばれた者が班のリーダーとなるので、リーシャは第一班のリーダー、ルミナは第二班のリーダーということになる。
(そういえばこういうとき、ルミナはどうするのかしら?)
班対抗であるからリーシャとルミナの戦いということにはならない。しかしそういう目で見る者も少なからずいるだろう。
(さすがに他の班員もいるなかで手を抜いて迷惑をかけるということはないと思うけど……)
この問題に関してだけはルミナの考えをまるで読めないリーシャには、頭の痛いところだった。
もしも姉妹の問題に他人を巻き込むようであれば、厳重に注意しよう。
それだけはしっかりと決め、リーシャはジェイド教諭の話に耳を傾ける。
「演習内容を説明します。各班のリーダーに地図を配布しました。そこに示されたチェックポイントまで行き、その場所に設置された〝箱の中身〟を回収して戻ってくる――以上です」
第一班の面々――ミレイルとマーカスがリーシャを左右から挟むようにして地図を覗き込んだ。
「この演習では、状況に則した対応を学んでもらいます。学院の中だけで組まれたカリキュラムではどうしても予定調和になりがちですからね。ここは野外です。気を引き締めて行動し、異常事態には各班リーダーの指示に従って対応してください」
チェックポイントは地図中に×印と隣り合う班番号を表す文字で示されていた。
地図自体が大まかなため詳しくはわからないが、〝試練の森〟の広さを考えると、リーシャの班はここから歩いて三〇分ほどのところだろうか。三人は顔を見合わせる。
「先生」
挙手をしたリーシャに視線が集まる。
「なんでしょうか、アーデルハイドさん」
「目印のない森の中で、この地図だけでは……。一体どうやって、その箱を探すのでしょうか?」
「いい質問ですね」
〝試練の森〟は起伏に乏しく、植生もほぼ均一で、川なども流れていない。ここまで特徴のない環境では位置を見失いやすく、ただ迷うだけで終わってしまう恐れがあった。
「みなさんには、これをお渡しします」
そう言ってジェイド教諭が取り出したのは、拳の半分ほどの透明な石だ。班の数と同じだけある。
「……魔晶石?」
思わず漏らしたリーシャの呟きを、ジェイド教諭が拾った。
「その通りです。これはあらかじめ設置された〝箱の中身〟と同じものです。班ごとに一つずつに配布しますので、この魔晶石から発される波長を読み取って探してください」
受け取った魔晶石に目を凝らすと、中に刻印が刻まれていた。普通はこんなものなどないはずなので、これは学院側で刻んだものだろう。なるほど。
これなら大丈夫。
リーシャの記憶によれば、ミレイルとマーカスはあまり魔法が得意でなかったはず。リーシャと同じ班に振り分けたのは、学院の配慮だろうか。
(では、魔晶石を探すのはきっと私の役目になるわね)
もしかすると、すべての作業をリーシャだけでこなした方が楽なのかもしれない。けれど演習内容を鑑みると、そういうわけにもいかない。
(何をやってもらおうかしら……)
リーシャが思考を巡らせていると、ジェイド教諭から最後の注意事項の説明があった。
「念のために言っておきますが、いくら学院で管理しているとはいえ、〝試練の森〟に魔物が生息している可能性は否定できません。緊張感をもって望むように」
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