第四話
「……本気を隠す? お姉ちゃん、それなんのこと?」
だがルミナから得られた返答は、リーシャの期待したものではなかった。
「あ、もしかしてこの間の演習でわたしが負けたことを言ってる? やだなぁ、あれはちゃんと本気だよ。お姉ちゃんがいつもすごすぎるからそう見えるだけじゃないの?」
「……そう」
あなたはそう言うのね、とは言えなかった。実際、ルミナの言葉には気持ちがこもっておらず、口先だけで語っているのは明らかだった。いや、騙っているの方が正しいだろうか。少なくともリーシャにはそう感じられた。
「この学院にいる間に一回くらい勝ってみたいんだけどね。お姉ちゃんの壁は高いからなぁ」
ルミナは誤魔化すようにやや早口で言う。
リーシャは途中で聞いていられなくなり「もういいわ。私の勘違いよ。ごめんなさい」と話を打ち切った。
(実の妹の心を開かせることすらできないなんて……姉失格ね)
血を分けた双子の妹でさえこれなのだ。ましてや他人など、考えるまでもない。
(私はこれからどうすればいいのかしら)
真っ先に思い浮かぶのは家のこと。アーデルハイドは領民を持たない家ではあるものの、いずれ当主の座に就くのならば、家臣や他の家々との関係を良好なものにしなければならない。
リーシャには付き合いのある知人こそ多数いるが、胸襟を開いて話をできる友人はいない。
寄ってくる人たちはリーシャそのものではなく、〝学年主席の優等生〟という属性を見ているのだろう。
(私に当主の資質はないのかもしれない。いっそ、ルミナなら……)
仮にこのまま当主の座に就いたならば、そこで見られるのもやはりリーシャ・アーデルハイドではなく〝アーデルハイド家の当主〟としてだろう。
それもまた必要ではあるが、リーシャでなければならない必然性はない。
一方でリーシャと違い、ルミナは人望があり、友人も多い。隠している力のことも考えれば、明らかにルミナの方が適任だろう。
だがルミナにその気はまるでなさそうだ。
結局、ルミナが力を隠し続ける理由はわからなかったものの、今後も改めるつもりがないことだけは理解できた。
(ならば私は……。いえ、駄目ね。こんなことでは)
ルミナにその気がないなら未来は変わらない。であれば、リーシャ自身でどうにかしなければならない。
年齢を重ねるにつれ状況は大きくなるばかりなのに、この程度の困難に挫けていてどうするというのか。
必要なことは、リーシャ自身の研鑽。
ルミナのように人望を集められるようになること。それともっと大切なことは、ルミナを超える力を得ること。
努力は今まで最大限に重ねてきたつもりだが、まだ足りていないのだ。
「……お姉ちゃん?」
ルミナの声が耳に届き、ハッと意識が浮上する。いつの間にか思考に耽ってしまっていたらしい。
「どうしたの? 大丈夫?」
ルミナが心配するように顔を覗き込んでくる。そんなルミナに、リーシャはゆっくりと首を振った。
「……なんでもないわ。それよりも、そろそろ行きましょう。夕食の時間が終わってしまうわ」
それだけ言ってリーシャは歩き始めた。ルミナも駆け寄ってきて、リーシャに歩調を合わせる。
そのまま寮までの道のりを並んで歩いたが、先ほどまでとは違い、二人の間にほとんど会話はなかった。
ルミナと気まずくなってしまってから数日ほど経ったある日こと。リーシャは魔法実践学の講義を受けながら考えていた。
(ルミナを超えなければならない……けれど、どうやって?)
そもそも超えたとどうやって判断するというのか。
ルミナはリーシャの前で本気を出さない。ルミナはリーシャに決して勝とうとしない。ならば仮に超えられたとしても――。
(いえ、そんなことは関係がないわ。そもそもルミナが私を上回るということ自体が、単なる私の想像かもしれないもの)
だから大切なことは、リーシャが胸を張れるようになること。つまり、妹の呪縛から解き放たれること。
ならばこれまでとやることは変わらない。
魔法使いとしてより高みを目指す。それしかない。
(その第一歩として目指すべきことは――)
とリーシャが考えをまとめようとしていたときのことだった。
「……アーデルハイドさん…………リーシャ・アーデルハイドさん!」
「――ッ、は、はい!」
ようやく名前を呼ばれていることに気が付いたリーシャは慌てて返事をする。
前を向けば、ジェイド教諭が呆れた目でリーシャを見ていた。
「いけませんよ。いくら学年主席とはいえ、講義中に気を抜いては。それとも体調でも悪いのですか?」
「いえ、そういうわけでは……。すみません……」
ジェイド教諭の叱責に返す言葉もなく、リーシャは頭を下げる。
決意を新たにした瞬間にこれだ。これではとても高みを目指すなどと言っているどころではない。
リーシャは深く己を恥じた。
「では気持ちを入れ替えついでに、この命題に答えてください。できますね?」
ジェイド教諭が黒板を杖で指し示す。そこには『多属性の魔法を同時に使用することはなぜ難しいか』と書かれていた。
リーシャは一瞥し、教本通りの回答を示す。
「魔法はその属性により波動特性が根本的に異なります。よって、同時に使用しようとすれば相互に干渉し合い、双方ともに打ち消されてしまいます」
「よろしい」
ジェイド教諭に頷かれ、リーシャは胸を撫で下ろした。教本を配られてすぐに全てのページに目を通していたことが幸いした。
しかしこれはただの結果論。仮にジェイド教諭が教本に書かれていないことを説明していた場合、答えられなかったかもしれない。
リーシャは同じことを繰り返すまいと、残りの講義時間を特に気を引き締めて過ごした。
時の経つのは早いもので、あっという間に講義時間はほんの僅かとなった。講義内容が一段落してジェイド教諭が教本を閉じると、リーシャはやっと肩の力を抜いた。ずっと同じ姿勢を取り続けていたため、筋肉が固まってしまっている。
講義室の空気も弛緩し、これで終わりかと思ったリーシャが大げさにならない程度に肩や腰を動かして身体をほぐしていると、不意にジェイド教諭が咳払いした。みんなの視線がジェイド教諭に集中する。
「では最後に伝達事項ですが――来週は講義時間を利用して、野外で演習する予定です。班分けなどは当日通達しますが、誰と組んでもいいように各自で備えてください。以上です」
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