第二十一話
試合開始の合図とともに、リーシャは杖を振るった。
(まずはこちらのペースに引き込む! 様子見なんてしない――初手から全力!)
「風の矢・連続!」
連射速度だけを意識した速攻。狙いはやや甘くなるが、こちらの本気度が伝わればそれでいい。
ルミナはぎょっとしたように目を見開いて、杖を振るった。
「っ、水の渦・包囲!」
ルミナを取り囲むように水の渦が巻き起こる。風の矢は渦の包囲を抜けられず、流れに取り込まれて次々に消失していく。
だがリーシャはそれを予想し、すでに次の魔法の準備に入っていた。
「風の槍・最大!」
一回戦でエドガーに使った組み合わせだ。あのときと違うのは、今回の水の渦には亀裂が入っていないということ。しかし元々、水の強度はそれほど高くない。
風の槍が水の渦と接触した途端、大きな水しぶきを上げて渦がはじけ飛ぶ。そのまま当たるかと思われた風の槍を、ルミナは渦の回転方向と反対側へと身体を逸らして避けた。
しかし周囲にまとわれた風の余波で、服の一部が小さく破れ、わずかに肌が露出してしまう。
「お姉ちゃん……っ!」
「どうしたの? あなたの実力はこんなもの? 風の……」
「~~~っ! 水の渦・包囲!」
「――槌・強力!」
リーシャの攻撃を感知し、ルミナは咄嗟に水の渦を再展開したのだろう。しかしリーシャはそんなもの関係がないと言わんばかりに、水の渦を横から風の槌で打ち付けた。
これまでの点や線の攻撃でなく面の攻撃は、水の渦を巻きこみながらルミナを横殴りに吹き飛ばす。
たまらず悲鳴をあげながら舞台を転がっていくルミナ。だがリーシャの猛攻は止まらない。
ルミナを追いかけながら、さらなる追撃の魔法を展開する。
「もう一発! 風の槌・強力!」
倒れたルミナに上から振り下ろす一撃。まともに接触すればこれで終わりだろう。だが、ルミナがこんな簡単に終わるはずがないと、リーシャは信用していた。
「いい、かげんに……っ、しろー!! 水の鞭・三重!!!」
ルミナの怒りの声とともに、ヒュッと短い音が三度鳴り、水の鞭が放たれた。一本は頭上の風の槌を破壊しに。そして残る二本でリーシャを狙ってくる。
以前見せられた、魔狼を倒し木々を深く抉った一撃だ。当たってしまえば、リーシャもただでは済まないだろう。
しかしリーシャは冷静に魔法を紡ぐ。
「……それでいいのよ。風の刃・二重」
亜音速に迫る水の鞭は、通常であれば目にすることなど出来ない。
だが今のリーシャには、極限までの集中と併用する風の探知・精密により、その挙動がはっきりと視えていた。
リーシャから放たれた二枚の風の刃は、高速で振るわれる水の鞭を正確に根元で切断した。先端部はただの水の塊となって離散し、短く残された根元部分だけが振るわれて空を切る。
ルミナは信じられないものを見たかのように目を丸くし、ごくりと喉を鳴らした。水か汗かわからない液体が頬を伝い、顎から流れて地面に吸い込まれて消える。
試合開始以降やっとできた空白に、二人の攻防を固唾を呑んで見守っていた聴衆が、大歓声を上げた。
「お姉ちゃん……ちょっと強すぎない?」
ルミナが引き攣った笑みで言う。
「少しは本気をだす気になった?」
リーシャはルミナを挑発するように精一杯、不敵に笑みを浮かべてみせる。
するとルミナの笑みが獰猛さを持った。
「何を誤解してるか知らないけど」
こめかみを引き攣らせ、杖の先端をリーシャの方向へと突きつける。
「わ・た・し・は~~~いつでも本気だよっ!! 水の波・激烈!」
先ほどまでとは雲泥の差をつけた圧倒的な水量。波というよりもはや壁といっていい。質量という原始の武器が、リーシャを押し流そうと迫る。
「……やればできるじゃない。風の槍・広域!」
水の波に穴を穿つべく、リーシャが風の槍を放った。しかしそこでリーシャの顔色が変わる。
「っ、風の槍・広域! 風の槍・広域! 風の槍・広域!」
風の槍はわずかに水の波を押し戻すものの、すぐに消失してしまう。リーシャは風の槍・広域を連発して防ごうとするが、水の波は止まらない。
「~~~っ、こうなったら……風の槍・広域!」
リーシャの魔法により風の槍が作られていく。ここまでであれば先ほどまでと同じ。だが――
「――最大!!!」
大会始まって以来最大に注がれた魔力が、風の槍を、太く、最大限に強化する。
二重の修飾詠唱によって支えられた風の槍は、水の波に当たっても負けることはない。そのまま水の流れを裂くように、リーシャの左右へと分断した。
リーシャとルミナはその場から一歩も動かず対峙する。
にらみ合いの末、先に口を開いたのはルミナだった。
「お姉ちゃん、今のって……」
「そう。以前にあなたに見せてもらった光の演舞――真似させてもらったわ」
それを聞いてしばらく黙り込んでいたルミナだったが、やがてぽつりと漏らす。
「…………やっぱりお姉ちゃんはすごいや」
その顔には、どこか楽しげな笑みが浮かんでいるように見えた。
お読みいただき、ありがとうございます。
下の方から評価★★★★★やブックマークをいただけたら嬉しいです!
これからもよろしくお願いします!




