第二十話
『それではルーンクレスト魔法学院魔法大会第三学年の部、決勝戦を始めます。選手の二人は入場してください』
舞台の脇に控えていたリーシャは、合図を聞いて足を進めた。ほんの数段からなる階段を昇って舞台に上がると、大歓声に包まれる。
『まず一人目の選手は、リーシャ・アーデルハイド』
リーシャは第一回戦、そして準決勝と同じように粛々と礼をする。見渡す限りの大観衆で、それだけこの試合の注目度の高さを思わされた。
『そして二人目の選手は、ルミナ・アーデルハイド』
名前を呼ばれたルミナは駆け上がるようにして舞台に立った。そのままぺこりと頭を下げると、身体を起こして観衆に向けて手を振った。会場がよりいっそう湧きあがり、強い熱気に包まれる。
『さあ、準決勝を圧倒的な早さで終わらせた二人ですが、みなさまもご存知の通り、決勝戦は三年連続で同じ組み合わせとなりました。一昨年、昨年はリーシャさんが勝利を収めましたが……さて、今年はどういう結果となるのでしょうか。私の見立てでは力量は拮抗しており、なんとも予想しづらいところであります!』
これまで司会進行役に徹してマーカスがまるで解説者のようなコメントをしだし、リーシャは少々驚いた。最後の試合ということで、教員も大目に見ているのだろうか。
と思ったら、教員がマーカスへと近づいていき、何やら話しかけている。どうにも穏やかな様子ではないので、おそらく注意しているのだろう。
(まったく……。何をやっているんだか)
最後だからと目立とうとでもしたのだろうか。リーシャは呆れてしまった。
「お姉ちゃん」
そんなとき、正面から声がかけられる。司会者席に向けていた視線を元に戻すと、ルミナがまっすぐにリーシャを見ていた。
「とうとう決勝戦だね! わたし、ずっとずーっと楽しみにしてたんだよね」
ルミナがにこにこと笑顔で言う。これから試合だというのに緊張感の欠片も感じさせないのは、豪胆なのか単に余裕の表れか。
「私も楽しみにしていたわ」
「えへへ」
リーシャの返答に、ルミナが恥ずかしそうに頬を掻いた。そして少し声量を落として内緒話をするように言う。
「――ねぇねぇ、お姉ちゃん知ってる? この大会って学院創設からずっと開かれているらしいんだけど、二年連続はともかく三年連続で優勝した人って片手で数えられるほどしかいないらしいよ?」
「……そうなの?」
「うん! だから今日はね、どういう結果になっても嬉しいんだ。もちろん勝てるように頑張るけど、もしもお姉ちゃんが勝ったらそれは学院史に残る偉業ってことでしょ? それってすごくない!?」
言葉通り本当に嬉しそうにそんなことを言うルミナに、リーシャは何と言っていいかわからず眉を下げた。
(どういう結果になっても嬉しい、か)
そうね、お互い頑張りましょう。そうリーシャは返したかったが、素直に受け取ることができなかった。
(つまり……また、負ける気なのね)
背後にあるルミナの考えをどうしても想像してしまわずにはいられない。
何と返していいか迷っているリーシャに、ルミナが「お姉ちゃん……?」と疑問を投げかけてくる。顔は不安そうな様子で、リーシャの様子を窺っているようだった。
リーシャは腹を括った。
「ルミナ」
「は、はい!」
突然きっぱりと名前を呼んだリーシャに驚いたのか、ルミナの背筋がピンと伸びた。
「試合を始める前に聞いてほしいことがあるの」
リーシャは声を落とし、言い聞かせるように言った。ルミナが眉をひそめ、怪訝な顔をした。
「私は本気のあなたと戦いたい」
ルミナの態度が戸惑ったように揺れる。何と言うべきか迷ったように、中途半端に口が開いたり閉じたりした。
そんなルミナに、リーシャは「何も言わなくていいわ。ただ、聞いていて」と首を振った。
「そのためにたくさん訓練を積んできたし、腕も上げた。だからもう、遠慮なんていらないの」
「えっ……と…………」
「全力でぶつかってきてちょうだい。そして、その上で私が勝ってみせるわ」
きっぱりと言い切った。今まで何度となく疑いは向けてきたものの、ここまではっきりと言えたのは初めてだった。未だ困惑した様子のルミナには悪いが、晴れ晴れとした気分だ。
少しだけこれまでの溜飲が下がったような気がして、リーシャは自分は性格が悪いのだろうかと可笑しくなった。
(あとは本当にルミナが本気を出してくれれば、言うことはない)
そう思い、杖を強く握り直して気を引き締める。いつも通り右手は地面に向け、右足を少し下げ、いつでも杖を振れるように構えた。
そんなリーシャを見てか、ルミナも杖を胸の前まで持ってきた。表情が引き締まる。
『……両者ともに準備はよろしいでしょうか』
たっぷりと絞られたのか、やや不貞腐れたようなマーカスの声が魔晶石を通して聞こえてくる。
しかしリーシャの集中は乱れない。
目を鋭く細め、目の前の最愛の敵を見定める。
呼吸が深くなり、心臓が鼓動を止めるように、時間感覚が引き伸ばされていく。
『泣いても笑っても最後の一戦です! では決勝戦、試合開始ぃぃいい!!!』
やけくそのように叫ぶ合図と共に、試合が始まった。
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