第二話
「やっぱりここにいた」
講義がすべて終わった後、リーシャがいつも通り学院内の図書館で勉強をしていると、声をかけられた。耳に心地よい澄んだ声。その声を聞けば相手が誰なんて、顔を見なくてもわかる。
「なにか用事?」
教本に視線を落したままリーシャが問う。すると相手は「べっつに~」と軽い口調で応え、対面の席の椅子に座った。
しばらく経っても静かなままの相手が気になって集中力を欠いたリーシャは、しぶしぶ顔を上げた。案の定、そこにいたのはルミナだった。ニコニコと両手で頬杖をついて、リーシャを楽しそうに眺めている。リーシャの眉根が寄った。
溜息を一つ吐き、リーシャはペンを置く。これでは集中できたものではない。仕方なしに、リーシャは先ほどの問いを繰り返した。
「用事があるなら、聞くけど」
だが、かえってきたルミナの返答は実にあっさりとしたものだった。
「え、ないよ?」
あっけらかんと言い放つルミナ。それどころか、意外だと言わんばかりに先ほどよりも少し目を丸く見開いている。どこか納得がいかない。
「……本当に? なにも?」
リーシャは念を押すように訊ねる。
するとルミナは頬杖をついたまま首をわずかに左へ傾けた。
「強いて言えば、一緒に帰ろうと思って。でも今、お姉ちゃんに何かしてほしいとか聞いてほしいとか、そういうのは本当に全然ないよ」
「そう……」
ルミナがそう言うのなら本当のことなのだろう。この妹は、実力を隠していること以外の嘘をリーシャに吐くことは決してないからだ。
「わざわざこんなところで待たなくても、寮の部屋にいればいいでしょう」
ルーンクレスト魔法学院は全寮制だ。二人に一部屋をあてがわれ、生活をともにする。
とはいえ、食事は特に希望しなければ大広間で寮生のみんなと摂るし、日中は当然学院で講義がある。風呂も大浴場があるので、同室を強く意識するのは就寝時くらいのものである。
それでもよほどそりの合わない者と同室になれば気に病むこともあるかもしれないが、幸いなことにリーシャとルミナは入学時より同室になっていた。
だから急用がないのならどうせ夜には同じ部屋で顔を合わせるのだから、と思っての発言だったが、ルミナは関係ないと言わんばかりに胸を張った。
「お姉ちゃん、知らないの? 今日は星がとてもよく見えるんだよ」
「星……――占星術でも練習する気? 言っておくけど私、それほど得意じゃないわよ」
その単元はもっと上級生で習うところだし、と付け加えて零すと、ルミナは悪戯っぽく笑って指を振った。
「ちっちっち。お姉ちゃんは情緒がないなぁ。わたしはただ、お姉ちゃんと綺麗な星空の下を気持ちよく歩きたかっただけだよ」
その返しに、リーシャはやはりかと嘆息する。実際のところ、そんなことだろうと思っていた。
ルミナは少し過度なくらいにリーシャに懐いている。リーシャが突き放すような態度をとってみても一向に変わろうとしない。生まれたときから一緒だったのだから、雛が親鳥の後を追うようなものだとリーシャは考えている。
そろそろいい年齢なのだし、周囲の目もある。いくら双子の姉妹とはいえ節度を覚えてもらいたいものなのだけど――と思いつつ、それを徹底できないあたり、リーシャも〝姉〟なのだった。
(私も甘いのかしら。でも……)
アーデルハイド家は代々優れた魔法使いを輩出してきた名門の家柄だ。いずれリーシャかルミナが家を継がなくてはならない。両親は当然リーシャが継ぐものだと思っているし、リーシャ自身もそのつもりで努力を怠ったことはないが、先のことはわからない。
家同士の繋がりもある。仮にリーシャが継ぐとなれば、ルミナは同程度の地位の家に嫁入りすることになるのだろう。ということは、いつまでもべったり一緒というわけにはいかない。
だけどそれならば余計、今のうちに仲良くしておくべきなのでは? とも考えてしまう。何よりルミナはそれを望むだろう。
そんなわけで、リーシャはずっと中途半端な態度を取り続けてしまっている。実によろしくない。
(いずれ態度を決めなければいけないわよね……。でも、今はまだ――もう少しだけ)
リーシャは煮え切らない自分に辟易としながら教本を閉じる。どうせルミナが見ていると意識してしまえば、勉強に集中などできるはずもない。
ならば散歩でも星見でもしてルミナを満足させてから、寮の部屋で机に向かった方がずっとマシだ。
「あれ? お姉ちゃん、もういいの?」
とぼけた様子でそんなことを言うルミナを半眼で見る。
「こうなるってあなたにはわかってたんでしょう? いいわよ、もう。ちょっと待ってて。今、貸出手続きしてくるから」
「ふふっ。お姉ちゃんのそういう優しいところ、大好きだよ」
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