第十八話
(失敗した。まさか救難信号を攻撃として使ってくるなんて……)
魔法使いは普通、主要四属性――火、水、風、土のいずれか一つを基本にして、戦略を組み立てる。
伝令は少々特殊で、これら属性魔法とは異なり、無属性魔法に分類される。無属性魔法とは解析や検出、開錠など特定の用途に合わせて設計されていることが多く、俗に便利魔法とも呼ばれたりもする。
あくまでも補助魔法という印象であり、それ以外の手段で用いるなど、リーシャの発想にはなかった。
(しかも、二属性を同じくらいの練度で使うなんて。まさか、他の属性も?)
リーシャのように状況に合わせて一時的に土魔法を使用することはあっても、多種の属性の魔法を同じように使う人間は稀だ。
これには多属性魔法は同時使用時に無効化されることから併用できず、野外活動時など探知魔法を併用しなければならない状況において、特に向かないという明確な理由がある。
では他属性の探知魔法をかけなおせばいいかというと、そうでもない。探知魔法は属性毎に特徴――長所と短所があるばかりか、それぞれ術者の認知様式としてもかなりの差異がある。
例えば火魔法の探知は「熱源からの放射」、風魔法の探知は「空気の流れによる形状」、土魔法の探知は「地面から伝わる振動や圧力」などそれぞれ異なっており、切り替えながら処理・解釈するには術者に高度な技量が求められるどころか、習熟時に相互に悪影響を及ぼす危険性すらある。
そのためリーシャの風魔法、ルミナの水魔法のように、一属性を極めるのが魔法使いの一般だ。
つまりエドガーのようなやり方は、基本的に現代の魔法使いとして馴染まない。
(これはエドガーさんだけの個性? それとも家としての特徴なのかしら。もしかしてローゼンタール家の凋落にも関係が……)
リーシャが揺れる視界でそんなことを考えていると、エドガーが高笑いした。
「ハハハ! 油断したな、リーシャ・アーデルハイド! 一気に決めさせてもらうぞ! ――土の槍・飛翔!」
リーシャに向けて、エドガーの足元から土の槍が飛び出した。土の槍はまっすぐにリーシャに向かっており、直撃すれば敗北は必至だ。
しかしそんな状況下で、リーシャは慌てていなかった。それどころか伝令という意外な攻撃を受けたことで、かえって冷静さを取り戻していた。
(大丈夫……エドガーさんの練度は決して高いわけじゃない。彼の武器は単に選択肢の幅が広いというだけのこと。一つ一つはそれほどでもない)
「……土の壁・即時」
リーシャは右手に握った杖を地面に向け、自身と土の槍を結んだ線上に土の壁を築いた。数瞬も待たずに両者は激突し、ガラガラと土塊の崩れる音が響く。
「ちっ、ならば――伝令!」
「風の障壁・包囲」
伝令はリーシャに届く前に、風に阻まれ無効化される。
その光景を見て、エドガーは焦ったように魔法を連発した。
「ク、クソッ! 火の球・単一! 水の槍・迅速!」
「風の障壁・包囲、風の槌・即時」
次々と迫りくる多属性の魔法攻撃を、リーシャは悉く適切に受け止める。
そのうち視界の揺れが収まり、平衡感覚が戻ってきた。
魔法を乱発したエドガーが肩で息し始める。それ見て、リーシャはゆっくりと立ち上がり、エドガーに杖を向けた。
(これで確実に仕留める。いかに風属性が土属性相手に相性が悪いとはいえ、わかっていても止められない一撃を撃てばいい)
リーシャは深く集中し、杖に強く魔力を込めた。
「風の矢・連続!」
リーシャが放った魔法を見て、これまでとは違う何かを感じたのか、エドガーの顔が引き締まった。
「土の壁・長時間!」
連続した風の矢が、土の壁に次々と衝突した。
一発――風の矢が土の壁に受け止められた。
二発――寸分違わず同じ場所に当たった風の矢が、土の壁をほんのわずかに欠けさせた。
三発――欠けを中心に、土の壁全体に亀裂が走る。
リーシャは風の矢・連続を破棄し、次の魔法に全力を込めた。
「風の槍・最大!」
放たれた風の槍はうねりを持って壁の亀裂の中心へと一直線に迫り、激突。派手な破砕音を立てて土の壁を刺し貫くと、そのまま背後のエドガーを、回避する暇も与えないまま後方に大きく弾き飛ばした。
それと同時に、エドガーの身体が淡い光に包まれる――会場の身体保護結界が発動したのだ。
会場全体が静まり返る。
リーシャは杖を下げ、胸に手を当てて一礼した。
すると一瞬遅れて、観衆から溢れんばかりの歓声と大きな拍手が湧き起こった。
会場の魔晶石を通して、司会より結果が伝えられる。
『以上で第一回戦第一試合を終了とします。勝者、リーシャ・アーデルハイド! 準決勝進出決定!』
リーシャは未だ倒れたままのエドガーに再度一礼し、舞台を降りた。
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