第十六話
いよいよ学院魔法大会の日がやってきた。
学年毎に二日ずつ割り振られ、第三学年のリーシャたちは五日目と六日目だ。
最初の一日で第一回戦の計四試合、次の一日で準決勝の二試合と決勝の一試合の計三試合が行われる。
今日はその最初の一日で、前優勝者のリーシャには第一回戦の第一試合が割り当てられていた。
選手個別に与えられた控室で、漏れ聞こえてくる観衆――と言っても生徒や教員などの学院関係者だが――の談笑や歓声に、リーシャは少々落ち着かない気持ちだった。
(出場するのは三度目だけれど、未だ緊張するわね)
次席のルミナと一回戦で当たることはない。誰と当たっても必ず勝つ自信が、リーシャにはあった。けれど、それとこれとはまた別の話だ。
(一回戦の相手は誰かしら)
出場者は内々に通知があった後、学院内の掲示板に張り出されて告知される。そのため出場選手が誰になったのかを、リーシャはすでに把握している。
学年を代表する八人だ。直接顔を合わせたことのない者もいたが、全く知らない者はさすがにいなかった。
しかし組み合わせに関しては非公開で、第一回戦の試合開始までは控室で待機となっているため、リーシャは誰と当たるかを知らなかった。
鼓動を早める心臓が呼吸を浅くする。肺が縮まったかのような錯覚に、リーシャは意識して大きく息を吸い込んでからゆっくりと吐き出した。
(準備は十分にしてきた。あの野外演習の頃の私よりも、確実に強くなった。そして、〝あれ〟の準備も間に合った。だから大丈夫……)
目を瞑り、自分に強く言い聞かせる。落ち着くことこそない。だが、自然と戦意が湧きあがる。緊張が、心地よい高揚感へと変化していく。
控室の扉が二度、叩かれた。リーシャは目を開く。
「リーシャ・アーデルハイドさん。出番です。準備ができましたらお越しください」
「すぐに参ります」
リーシャは控室を出て、試合会場までの長く薄暗い廊下を歩く。奥に見える光から聴こえる観衆の声が、次第に大きくなっていく。
ルーンクレスト魔法学院魔法大会が――リーシャ・アーデルハイド人生最大の挑戦が、今始まる。
『ルーンクレスト魔法学院魔法大会第三学年の部第一回戦第一試合が開始されます。では、選手は入場してください』
会場の四隅に設置された魔晶石から声が響く。魔晶石には刻印が施されていて、司会者の持つ魔晶石に吹き込まれた声をそのまま伝える仕組みになっている。
ふと、リーシャはどこかで聞いたことのある声だと思い、ちらと司会者席を見た。すると司会者用の魔晶石を持っていたのは、なんとマーカス・ヴァイスだった。
立候補でもしたのだろうか。あの野外演習のときの態度は決して褒められたものではなかったが、しかしマーカスの堂々とした滑舌のよい声は、存外通りがいい。
案外適役かもしれないとリーシャは少し感心する思いだった。
『第一回戦の出場選手一人目は……リーシャ・アーデルハイド』
名前を呼ばれたリーシャは中央の舞台へと上がる。
一礼すると、会場が一段と大きく沸いた。
『そして二人目は……エドガー・ローゼンタール。この二名の対戦となります』
対戦相手も同様に舞台へと上がってくる。
リーシャはその名前と姿に「おや」と思った。
野外演習第三班のリーダー、エドガー・ローゼンタール。司会者といい、奇しくもあの野外演習の関係者で固められたような人選だ。
エドガーはその場で杖を取り出して一礼した。
そして顔を上げたエドガーは、強い戦意を持ってリーシャを見た。
「リーシャ・アーデルハイド」
エドガーに名前を呼ばれる。舞台に上がった二人のみに聞こえるくらい程度の声量。どうやら少し話をするつもりらしい。
なんだろうと思ったが、せっかくなので、リーシャは乗ることにした。
「なんでしょう?」
「先般の一件での救援、感謝する」
「え、あ、はい」
そんなことをわざわざ? とリーシャは困惑する。その反応が気に入らなかったのか、エドガーがふんと鼻を鳴らした。
「あのときはまともに礼も言えていなかったからな。誇り高きローゼンタール家の人間として、そのまま捨て置くわけにもいくまい」
「……受け入れましょう」
ローゼンタール家もアーデルハイド家と同じく魔法で栄えた一族だ。ほぼ同時期に興ったと、父から聞いた覚えがある。
しかし現在はかつてほどの勢いはなく、第一線から退きつつある。名家というより旧家と表現した方が印象に近いだろうか。
この様子を見るに、本人にはとても言えたことではないが。
「だが、それとこの試合は別の話だ。僕は全力を尽くし、君と戦うことを誓う。だから君も全力を尽くせ。昨年度の首席だからと言って僕を舐めてくれるな。遠慮なんかしたら承知しないからな」
エドガーは堂々と言い放つ。少し不遜としたところはあるが、気持ちのいい真っ直ぐな戦意に、リーシャは胸の打つ思いがした。
「元よりそのつもりです。いい試合をしましょう」
「ふん。ならいい。負けた後での言い訳なんか聞きたくはないからな」
エドガーが再びそう鼻を鳴らしたところで、魔晶石から司会者の声が響いた。
『対戦相手の二人は、準備ができましたら中央で杖を構えてください』
エドガーは一歩中央に足を進め、眼前に杖を構えた。
リーシャも同様に杖を取り出し、地面に向けるようにして持つ。
盛り上がっていた会場が、静けさを増していく。視線が一挙手一投足を見逃すまいとでもいうように、二人に集中した。
『第一回戦第一試合、リーシャ・アーデルハイド対エドガー・ローゼンタール――試合開始!』
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