第十三話
ルーンクレスト魔法学院は言わずと知れた魔法教育の名門校である。その敷地には無数の訓練施設を抱え、生徒個人であっても申請すれば利用できるものが多い。
その中の一つ。第一基礎訓練場はだだっ広い屋外空間に的がいくつかあるだけという簡素な造りをしている。旧時代的なその訓練場は生徒の間で人気が低く、当然ながら利用者も少ない。
だが一部の生徒はその単純な設計にこそ好感を持ち、ことあるごとに利用していた。
――第三学年首席、リーシャ・アーデルハイドもその一人である。
「土の槍・飛翔!」
リーシャが杖を地面に向ける。地面は土魔法によってせり上がり、槍の形を形成。そのまま飛び出して、訓練用の的に命中した。
「うーん……」
その結果を見て、リーシャは顔を苦々く歪め、眉を寄せた。
「――……ダメね。遅い」
それから何度か繰り返してみたが、結果は同じだった。リーシャは深いため息を吐く。
(これでは実戦で使えないわ)
思い出すのは一か月ほど前の野外演習。
リーシャは〝試練の森〟で魔狼の群れと対峙した。
持久戦を狙って一匹ずつ不定期に飛び出してくる魔狼たちを相手に手傷一つつけられることなく耐えきり……だが、それだけだった。
(風魔法は発動時間や可変性、発射速度に優れ、使い勝手がいい反面、決定力に欠ける。もしもまた同じような状況になったら)
リーシャは素早く動く敵を一撃で確実に命中させて殺傷できる魔法に持ち合わせがない。
風魔法で確実に殺傷しようとすれば空気の密度を上げる必要があり、結果として命中率が下がる。確実に当てなければこちらが危ない場面で、それは致命的となり得た。
(風の矢はダメ。かと言って広範囲を狙える風の刃だと皮膚や毛皮の厚さによっては表面に浅く傷をつけるだけになりかねない)
だから風の槌を選んだのだが、牽制にこそなったものの、仕留められず逃げられてしまった。
(質量が必要だわ。それこそ、ルミナの使った水の鞭のような……)
ルミナの水の鞭は素晴らしかった。
襲いかかってきた魔狼たちを一撃で倒し、なおも勢い衰えずに後ろの木々を抉っていた。
私怨が入っていたことを抜きにしても、恐るべき威力だった。
もちろん水魔法はルミナの専売特許ではない。もちろんリーシャも使える。使えるのだが……。
「水の鞭」
リーシャの魔力に応え、水の鞭が形成される。水の鞭はリーシャの操作した通り、的に向かってしなり、大音を立てて命中した。
しかしリーシャの顔は浮かない。
(まるで劣化版ね。これではルミナに届かない)
リーシャはルミナを超えなければならない。そうしないといつまでも胸を張れない。あの魔法を見たとき、改めてそれがわかった。
(威力を出すなら質量、と思ったけれど)
質量と言えば土魔法だ。あまり得意ではないが、それでもルミナの得意な水魔法で張り合うよりもずっと可能性がある。
そう思ってここしばらく練習していたのだが――。
(これなら風魔法の命中精度を上げた方がずっと早そうね)
要するに確実に当てられればいいのだ。当たる前提であれば、威力を上げる方法などいくらでもある。
すっかり目論見が外れてしまった。
そう結論づけた徒労感とともにリーシャは杖を下ろし、訓練場を後にした。
「あ、お姉ちゃん、おかえり~」
寮の自室に戻ると、リーシャを確認したルミナが開いていた本を閉じ、立ち上がった。そのままリーシャの側まで歩みよってくる。
「今日も訓練?」
「ええ。少し試したいことがあって」
「精が出るね~」
ルミナはそう言いながら、今度は戸棚まで歩き、中からカップを取り出した。さらに盛籠から手早く酸味の強い果実を一つ手に取ると、ナイフで小さく切り分ける。その一片を、先ほど取り出したカップに水差しから注いだ水とともに浮かべた。
「はい、どうぞ。スッキリするよ」
「ありがとう。でも、そんなに気を遣わなくてもいいのよ?」
「いえいえ。これも妹の務めですから」
ルミナは面倒くさそうな態度一つ見せずに、にっこりと笑みを浮かべた。
リーシャがお礼代わりに頭を撫でてやると、ルミナは心地よさそうに目を細めた。しばらくそうしていてもよかったのだが、せっかく用意してくれた水を飲まないのも悪い。ほどほどに切り上げ、のどを潤す。
爽やかな香りと仄かな苦みが鼻と舌を撫で、なかなか成果のでないことで鬱屈としていた気持ちが、どこか凪いでいくのがわかった。
野外演習以来、姉妹関係は良好に保たれている。未だ解決していない問題もあるが、気まずいままでいるよりずっといいとリーシャは考える。
「ありがとう。美味しかったわ」
リーシャは礼を言うと、ルミナは相変わらずにこにこと機嫌よさそうにしていたが、そこでハッと何かを思い出したかのように手を打った。
「そういえばお姉ちゃん宛てに手紙が届いてたよ」
「手紙? どこから?」
と訊きつつも、リーシャには予想が付いていた。手紙を送って来る相手など、数えるほどしかいない。
そしてその予想は見事当たった。
「実家――お父様から」
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