第十一話
「――見事な演説でした」
拍手の音とともに茂みの奥から声が聞こえ、人影が姿を現した。
リーシャは対象に目を凝らし、すぐにそれが誰か理解した。
「ジェイド先生……」
「はい、私です。みなさんの様子はじっくり見せてもらいましたよ」
にこやかな笑みを浮かべながら、ジェイド教諭はゆっくりと首を左から右へ動かし、全員を順番に視界に収めた。
「気づいていたのはアーデルハイドさ――おっと、失礼……ルミナさんだけですか。ダメですよ、警戒を怠っては。まだここは〝試練の森〟の中――魔物たちの渦中にいるのですから」
みんなの視線がルミナに殺到する。ジェイド教諭もまた、ルミナを見て訊ねた。
「一応訊いておきましょうか。あなたにはわかったのですか?」
「探知魔法に引っかかったから」
「私の質問がそれを意図していないことくらい、あなたにはわかっているのでは?」
ジェイド教諭はあくまでもにこやかな笑みを崩さずにルミナを見ていた。
ルミナもまたじっと見返していたが、やがて根負けしたかのように深々と溜息を吐いた。
「……動きがおかしかったから。さっき逃げた数匹の魔狼の中に紛れて見てたんでしょ? 一度敵わないと思って逃げたのに、また戻ってきた挙句、何もしないでじっと見てるなんてどう考えてもおかしい」
「素晴らしい」
ジェイド教諭は今一度拍手をする。ルミナはその称賛を素直に受け取らないようだが、ジェイド教諭に気にした様子はなかった。
「まあ、あなたの場合はそれだけではなさそうですが……今はいいでしょう」
そしてジェイド教諭は再び皆を視界に収めた。
「言いたいことはだいたいルミナさんが言ってくれましたが、あえて付け足すとするならば――そうですね。まずは第三班のみなさん」
指名された第三班が姿勢を正した。
「少々功を焦りすぎましたね。あの魔狼は決して強くない。落ち着いて各個撃破すれば問題なく対処できたはずです。いくら目標見つけたからと言って、自分たちが無事でなければ何の意味もない。最後まで気を抜かないこと。いいですね?」
「はい……」
ジェイド教諭の指摘に班員たちがうなだれる。
そんな班員たちにジェイド教諭は「ただし――」と付け加え、第三班の魔力切れを起こしていた生徒に目を向けた。
「状況の打開が困難とみるやすぐに伝令を使ったのはよかった。エドガー・ローゼンタールくん、いい機転でした」
ジェイド教諭に名指しされ、エドガーが顔を上げる。
リーシャはそれを見て納得した。
(あぁ、彼がローゼンタール家の……。名前に聞き覚えがある。確か魔法が得意という話だった)
リーシャが辿り着くギリギリまで魔法を使っていた形跡があった。きっと負傷した二人を抱えながら孤軍奮戦したのだろう。助けが来たことで一気に気が抜け、魔力切れ症状を起こしたのだろうと予想する。
「そして次にリーシャ・アーデルハイドさん」
「はい」
リーシャは落ち着いてジェイド教諭の方を向いた。
「あなたの持つ力は素晴らしい。その歳でほぼ完成されている。今後も努力を重ねれば、いずれは国内でも抜きんでた存在となれるでしょう」
「ありがとうございます」
「しかし、それだけに抱えすぎるきらいがあるようだ。今のあなたの評価は一個人としてのものでしかない。もう少し周りを頼る癖をつけた方がいい。あなたは決して一人ではないのだから」
「はい……」
「もっとも、今のあなたはすでにそれを理解しているようですがね。そして最後に、ルミナ・アーデルハイドさん」
名前を呼ばれたルミナは黙ったままジェイド教諭に向き直った。ルミナの視線には力が籠っており、ひょっとすれば睨むようにも見えるほどだ。
「今回のあなたの働きには文句のつけようがありません。リーダーとしても、一個人としても、極めて適切に対応したと言える。この調子で修練を積んでください。立派な魔法使いになれます」
ジェイドの手放しの称賛を受けてもルミナの表情は変わらない。それどころか終始不機嫌そうに、頬を膨らませているようにすら見える。
なぜだろうかとリーシャは思ったが、ジェイド教諭も同じだったようだ。
ジェイド教諭は首を少し傾け、不思議そうにルミナに訊ねた。
「おや? なぜでしょう。私、あなたに何かしてしまいましたか?」
するとルミナはじとっとした目でしばらくジェイド教諭を半眼で睨んだ後、ぼそりと零すように言った。
「魔狼の群れの中――すぐにお姉ちゃんを助けられるところにいたのに、先生は何もしなかった。でも仕方がないことだってこともわかってる。だからこれはただ単にわたしがムカついてるだけだから放っておいて」
そう言ってルミナは不機嫌そうに顔を逸らした。
ジェイド教諭は一瞬だけ驚いたようにポカンとした後、すぐにくつくつと肩を震わせる。おかしくてたまらないようだ。
「クククッ……、これは一本取られましたね。そうですね――どんな対応をするか見る必要があるからと言って、リーシャさんに無用な負担をかけたこともまた事実です。謝罪しましょう。どうもすみませんでした」
ジェイド教諭は言葉通り頭を下げた。
しかしルミナの溜飲は簡単には下がらないようで、態度が変わることはなかった。とはいえそれ以降、ジェイド教諭にはさして気にした様子もなかったが。
その後、再び姿を消したジェイド教諭以外の九人で、厳重に警戒しながら揃って無事に〝試練の森〟を脱出した。
お読みいただき、ありがとうございます。
下の方から評価★★★★★やブックマークをいただけたら嬉しいです!
これからもよろしくお願いします!




